甘い誘惑が
年の差は如何ともし難く、気にしても仕方の無い事だと解っていた。
けれど何かある度に、自分と相手の年齢の差というものを、認識せずにはいられないのが本音だ。
その最もたるのが、彼女の周囲に居る男性陣達だった。
彼等は皆、一様に凄まじい気を纏っている。
自分等到底適わないぐらいのそれは、とてつもなく眩しく目に映るもので、だからこそ余計に自分の力量の低さを思い知らされたものだ。
それは、並大抵の努力では到底追いつかないぐらいの、才能という名の気配。
彼らとの差をハッキリと思い知っても諦められず、だからこそ我武者羅に足掻き続けるしか出来なかった。
「バジル君?」
突然目の前に現れた二つの双眸に、自分の考えに没頭していた少年は小さく声を上げた。
「何か悩み事ですか?」
その様子が可笑しかったのか、彼女は顔を引っ込めるとクスクスと笑った。
「あ、いえっ。ちょっと考え事を…」
「駄目ですよー。今はハルと居るんですから、ちゃんとデートして下さい」
め、と嗜める様な仕草に、バジルは顔を赤らめる。
「すみません。せっかく拙者の為に時間を割いて頂いたのに…」
「バジル君の為じゃないですよ?ハルがこうしてるのは、他でもない自分の為ですから」
「そ、そうなんですか?」
「はい。バジル君と会うのは、ハルにとって一番の元気の源ですから!だから、他所事なんて考えてたら怒りますよー?」
笑顔でそう応えるハルの顔に、心臓が奇妙な音を立てた。
ハルだけに反応する、自分の特別な鼓動。
「拙者も…ハル殿の笑顔を見るのが、一番の幸せです」
正面から相手に伝えると、ハルは目元を和ませて首を傾げる。
「でも、バジル君、さっきからあんまり視線を合わせてくれないじゃないですか」
「そ、それは…。ハル殿がそんな格好をしているからで…」
言われて思い出したのか、バジルは再び視線を僅かに泳がせ別の方向を見る。
そんな少年の態度にきょとんと目を丸くすると、ハルは己のスカートの裾を指先で摘む。
「これですか?」
太腿も露な丈の短いスカートは、下手に身を屈め様ものなら下着が見えそうで、確かにこの年頃の少年には刺激が強いのかもしれない。
「うーん、デザインが可愛かったのでつい買っちゃったんですが…失敗でしたかー…」
裾を元に戻せば、ユラリとレースが揺れる。
淡いピンクの色合いが余計に刺激を高めている等と、ハルは気付いてはいなかった。
「よし、いっその事脱いじゃいますか!」
「………!?」
ポンと手を打ったハルを物凄い形相で振り返り、バジルは慌てて止めに掛かる。
「ななな何言ってるんですか!ここ、こんな所でそんな…っ」
「冗談ですよー。幾らハルでも、そんな恥ずかしい事出来ませんって」
真剣な表情で肩を掴む少年に、ハルは片手をひらりと振って笑う。
「やっと、ちゃんとこっち向いてくれました」
「あ…」
「さっきから、まともに顔を見交わせたのって長くても10秒しかなかったんですよー。バジル君、ハルの事が嫌いになってしまったのかと思ってしまいました」
「そんなの、ある訳ないです…」
バジルは再び視線を逸らせ、耳まで真っ赤に顔を染める。
そう、嫌いに等なれるはずもない。
何せこの数年間、ずっと恋焦がれて来た相手なのだ。
そう簡単に、この想いは消えてくれない。
「はひ、バジル君がゆでダコです」
「…言わないで下さい…」
ますます顔を赤くした少年は、しかし次の瞬間固まった。
突然ハルが抱きついてきた為だ。
しかも、強く。
「―――っ!」
身体をピッタリと押し付けられているせいで、ハルの胸の膨らみがリアルに伝わってくる。
くっついた身体から漂ってくる甘い香りに、バジルは眩暈を覚えた。
「ハル殿、遊んでませんか…?」
「バレちゃいましたか」
明らかに少年の反応を楽しんでいるハルは、けれど離れる事はなくそのままクスクスと笑っている。
その態度に、バジルは僅かに口をへの字に曲げる。
「知りませんよ」
「はひ?」
「拙者も男なんですから」
言うなりバジルは両手を伸ばし、ハルの身体を強く抱きしめた。
思いがけない行動に、今度はハルが目を見開く。
この数年で明らかに逞しくなった少年の腕に、からかい混じりの笑いが消える。
「バジル君…?」
そっと名を呼ぶと、強い視線が降りてきた。
言葉にせずとも解る視線の意味に、ハルは目を閉じてそれを受け入れた。