だからこそ後日談
風が、短く切り揃えた髪を揺らして行く。
夏も終わりに近付いたせいか、汗ばむ程だった空気も色を変え大分過ごし易くなっていた。
喧しい程だった虫達の声も、今ではその数もなりを潜め始めている様だ。
一ヶ月前に比べれば、かなり静かになってきている。
そんな場所で、ハルは夕日に輝く木々を静かに眺めていた。
日差しが沈む前のこの時間、この景色は一番美しく目に映える。
「ベルさん」
ハルはこの地に眠る青年を呼んだ。
それに反応するかの様に、足元の草が揺れて音を立てた。
「綺麗ですねぇ…」
うっとりとした表情と口調で、ハルは嬉しそうに目を閉じる。
ベルフェゴールの声が今にも聞こえてきそうな、そんな愛しさで溢れた表情をハルは浮かべていた。
実際、彼女には青年の声が聞こえているのかもしれない。
それ程に、幸せそうな顔だった。
「あれ、ヒバリさん。来てたんですか?」
ふとハルは目を開けると、視線を背後へと向けた。
一番太い木の幹に背を預け、声を掛ける事なく此方を見ている姿が其処にあった。
「やぁ」
その場から動こうとはせず、声だけをハルへと送ってくる。
やや距離はあるものの、雲雀の声はハッキリと聞き取れた。
「お久しぶりです!皆さんはお元気にしてますか?」
「多分ね。暫く会ってないから良く解らないけど。…沢田辺りは、来週末には此方に寄ると言っ
ていたよ」
「そうですかー。ツナさんにお会いするのも久しぶりなので、楽しみです」
ハルはにっこりと笑うと、雲雀の方へと歩み寄って行く。
雲雀は自分へと近付いてくる姿に、僅かに目を細めた。
けれどそれは拒絶ではないと知っているので、ハルは歩みを止めない。
ハルは雲雀の目の前に立つと、改めて相手を見上げた。
「何か…前より身長伸びてませんか?」
「さぁ、計ってないから知らない」
成長期は既に過ぎているはずだが、以前より視線の高さが僅かに上になった気がする。
ハルは少女の様な表情で首を捻った。
その風貌を見下ろし、雲雀は何かを言おうと口を開きかける。
が、それが言葉になる事はなかった。
突然、左足に小さな塊がぶつかって来た為だ。
「ヒバリにーちゃんだー!」
元気良くぶつかってきた塊は、はしゃいで雲雀の足に纏わりつく。
金色の髪の毛が、雲雀の視界に入った。
「やぁ、元気にしてたかい?」
雲雀は柔らかな笑みを作ると、片手を伸ばして小さな頭を撫でた。
「うん!僕、元気だよ」
ぎゅううっと足にしがみついてくる存在に、自然と雲雀の目元が和む。
昔とは少し変わった雲雀の様子に、ハルもまた微笑んだ。
「ねね、遊ぼ。遊ぼ!」
木の幹から背を離した雲雀の周囲をグルグルと回りながら、金髪に黒い目を持つ小さな子供は雲雀の手を引っ張っている。
「こら、ベーフェル。ヒバリさんを困らせちゃ駄目ですよ」
ハルは、もうすぐ5歳になる息子を嗜めた。
ベーフェルと呼ばれた少年は、頬を膨らませて拗ねた表情になる。
「だってー」
「だってじゃありません」
「ヒバリにーちゃんに会いたかったんだもん…」
じわりと涙を滲ませて、ベーフェルは雲雀の足に両腕をしっかりと絡ませた。
「特にする事もないから、構わないよ。僕もベーフェルに会いたかったからね」
よしよしとベーフェルの頭を撫で、雲雀は少年と手を繋ぐ。
「ヒバリさん、余りベーフェルを甘やかさないで下さいねー」
飛び跳ねる様にして雲雀と共に歩き出した息子に溜息を吐きながらも、ハルは嬉しそうに二人を見送った。
生まれてすぐに顔を見た男性が雲雀だったせいか、ベーフェルはボンゴレファミリーの誰よりも雲雀に懐いている。
仲良く手を繋いで歩く後姿等、まるで親子みたいだ。
然程頻繁ではないが、時折此処を訪れてくれる雲雀に、ハルは感謝していた。
勿論、綱吉達も暇を見つけては会いに来てくれている。
けれど、雲雀はまた特別だった。
「ねぇ、ベルさん…」
二人の姿が木々に消えた頃、ハルは再び元の場所へと戻り、愛しい夫に呼びかける。
結婚はしていない。
けれどベルフェゴールは間違いなく、最愛の夫と呼んでも差し支えの無い存在だった。
「ベーフェルも大きくなりましたよ。…ハルとベルさんの、大切な息子です」
ハルはひっそりと目を細め呟き、消え行く夕日とその下に広がる紅い景色を眺める。
その時、風が一際大きく吹いた。
その風に混じって、ベルフェゴールの声がハルの耳に届く。
「オレ、すげー幸せ」
それは5年も前に聞いた言葉と全く同じ。
最期の時も、ベルフェゴールはそう言ったのだ。
「はい。ハルもとても幸せです」
にこりと微笑み、ハルは夕日が沈みきるまで、ベルフェゴールの墓の前に立っていた。