独占欲
時折、無性に殺したくなる。
そうすればこの少女は自分だけの物になると知っているから。
二度と他の男に目を向ける事もなければ、二度と自分から離れる事もない。
無造作に片手を伸ばし、何時もは結わえられている彼女の髪を解く。
「ベルさん?」
突然降って来た自分の髪の毛に驚き、読書の手を止めてハルが此方を向いた。
「ん」
「駄目ですよー。ハル、結構髪の毛太いから、ぼわって広がっちゃいます」
慌てて髪を纏めようとする少女の腕を掴む。
「いいから」
ししし、と笑ってベルフェゴールはハルを背後から抱き込んだ。
「もー。帰り道、きっとデンジャーな頭になってますよ…」
「そんな気になるんなら、ずっと此処にいれば良いっしょ。そしたら気になんないじゃーん」
「無茶言わないで下さいよー」
余程髪の毛が気になるのだろう。
髪が広がらない様に、頭をベルフェゴールの肩へとグイグイ押し付けてくる。
その仕草に、堪らなく愛しいという感情が沸き起こる。
そして先程の感情もまた、寄り添う様にして浮上してくるのだ。
ハルを、殺したい。
安心しきって此方に身を任せている少女を思い切り抱きしめて、口付けて、そして引き裂きたい。
彼女が痛いと思う間もなく、瞬時にして命を奪う。
そうして彼女の視線も、身体も、温もりも、命も、全てがベルフェゴールの物となるのだ。
考えただけでゾクゾクとした感覚がせり上がってくる。
もしも実行出来たなら、きっと余りの快感に気が触れてしまうに違いない。
そうしてそのまま正気を取り戻す事なく、一生彼女を感じて生きていく事になるだろう。
これは堪らない誘惑だった。
実行、してみようか――?
ベルフェゴールが一人そんな事を考えているとは知らず、ハルは自分の肩に凭れている頭にそっと片手を伸ばす。
自分よりも断然サラリとした感触に、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
「ベルさんて、髪綺麗ですよね…」
口を尖らせて呟くハルに気付き、ベルフェゴールは思考を中断せざるを得なかった。
「何、どーしたの」
「ズルイです。ハルより綺麗な髪してるなんて!」
つんつんと髪先を引っ張られ、ベルフェゴールは笑った。
ソファに身を沈めたままハルの身体を回転させ、横抱きの状態にする。
自然と近くなった顔を更に寄せ、ハルが逃げる間もなくその唇を啄ばんだ。
抵抗するかと思われたハルは、予想に反して大人しく目を閉じている。
舌先で相手の唇を舐めると、驚いた様に上下の隔たりが離れて其処に隙間が出来る。
その機を逃さず、深く口付けた。
流石にこれには抵抗の気配があったが、ベルフェゴールは全く意に介さず続けた。
「ん、ぅ…うっ」
舌を絡めると苦しそうにハルが呻く。
それでも止めるつもりはなく、寧ろ更に声を出させようとハルの舌を甘噛みする。
ブルリと背筋を震わせる姿が、ベルフェゴールの欲情をそそった。
このまま、ハルをオレだけのものに。
欲情と甘い殺意の狭間にある快感に、ベルフェゴールの手がハルの首へと伸びる。
心臓がドクドクと脈打つのを感じた。
突然、ハルの腕がベルフェゴールの首に回される。
思ってもみなかった行動に、今度はベルフェゴールの方が驚いて口付けを中断してしまった。
「……」
「ハルの勝ち、です」
ハルは少々苦しそうな表情をしていたが、それは嬉しそうな笑みで彩られていた。
「いっつもベルさんに負けっぱなしなハルではありませんよ〜」
にぱっと笑う相手に、思わず苦笑してしまう。
そうして今にもハルの首を絞めようとしていた手を引っ込める。
ハルにはまだまだ未知の顔があるらしいと、知ってしまったせいだ。
それらをまだ見てもいないのに、手にかける訳にはいかない。
「オレって欲張りなんだよね、王子だからさ」
「はひ?」
突然意味不明な言葉を喋るベルフェゴールに、ハルはきょとんとした顔を向ける。
その頭をくしゃくしゃっと撫でる。
その為、ハルの髪の毛が無残にも広がってしまった。
「あー!ベルさん酷いです!!」
「うしし、ハルの髪の毛面白ぇー」
一房摘んで遊んでいると、ハルの腕が伸びてきた。
「お返しです!」
両手で髪の毛を掻き乱され、常に頭に置いている王冠がズリ落ちる。
「ハール」
相手の名を呼びながら片手で王冠を押さえると、身体の重心をずらせてハルをソファへと押し倒した。
「ベベベ、ベルさんっ」
二人の体勢に驚き、慌てたハルは両腕をベルの胸へとついて必死に距離を保とうとしている。
「ハル、知ってる?相手の髪の毛を触る行為ってのは、既にセックスした事のある者達がよくやる行為なんだってさ」
「せ…!?」
あまりの言葉にハルは顔を噴火させて固まった。
その隙に胸についていた両腕を捕らえ、ソファへと押さえ込む。
「でもオレ達はまだしてないよなー。そんなのおかしいじゃん?」
「おおおおかしくないです!ハルはまだ中学生なんですから!!」
汗をだらだらと流しているハルを、真上からじっと覗き込む。
「だから?」
「だから…その、そういう事は大人になってから…で」
ごにょごにょと小さな声で呟くハルに意地の悪い笑みを浮かべ、ベルフェゴールは相手の耳元へと口を近づけた。
「どーしても、駄目?」
ハルは耳が弱い。
そして、ベルフェゴールのお強請りにも弱い。
これは最近になって知った事だった。
「駄目なんだ?」
そう、まだ自分が見た事のないカオを、彼女は隠し持っている。
彼女を永遠に手に入れる前に、全て見ないと気が済まない。
だから、今は殺せない。
だから、今は彼女の全てを知って行こう。
「でも…、だって……」
困った様に顔を逸らそうとするハルの顎を掴み、自分へと向かせる。
後はただ、ハルの返事を聞くだけだ。
ベルフェゴールはハルに馬乗りになった状態で、のんびりと待つ事にした。
ハルが降参するまでに、それ程時間はかからないだろうと確信しながら。