偶然は何時も突然で
「あ、手下じゃん」
「はひっ!?」
背後からかけられた声に、ハルは思わず身体をびくつかせた。
この声は、忘れもしないあの――。
「い、板前志望さん…ですか?」
恐る恐る振り返ってみれば、其処にいたのは案の定ティアラを被った金髪の少年だった。
「だーれが板前志望だよ」
「え、違うんですか?だってこの前あんなに楽しそうに魚捌いてたじゃないですか」
「ま、あれはあれで楽しかったけど。でも、だからって何でオレが板前にならなきゃなんねーんだよ」
「ナイフ何時も持ち歩いてるみたいですし…」
「当ったり前じゃん。あれはオレの武器だし」
「…は?武器、ですか?」
「そ。これはオレの武器。魚も捌けるけど、人も捌けるんだぜ?」
少年はそう言うと、徐に懐からナイフを取り出して見せた。
ハルの背中を散々突付いて脅した、あの少しばかりお洒落なナイフを。
「そそ、そんなの仕舞って下さいっ」
また突付かれては堪らないと、ハルは慌てて相手から飛び退いた。
竹寿司での華麗なナイフ捌きを見ていただけに、恐怖がいや増していた。
「何逃げてんだよ」
しかし少年はそれを許さず、片手でハルの襟刳りを掴んで引き止める。
結果、ハルの首は絞まる事となる。
「…―――っ!!」
呼吸困難でじたばたと暴れるハルの様子には御構い無しに、少年はそれはそれは機嫌の良さそうな笑顔でハルを覗き込んだ。
「暇」
にこやかに言われ、ハルは思わず相手を殴りたくなった。
漸く襟元を解放されたハルは、むせながら相手を見上げる。
「まさかまた、コロシヤを探せとか言うんじゃないですよね…?」
「んー…それも良いけど、今日はやめとく。明日に備えてちょっと身体休めときたいしー」
「休みたいんなら、家に帰った方が…」
其処まで言いかけ、ハルは初めて相手が松葉杖をついている事に気付いた。
「どうしたんですか、それ」
「しししっ。ちょっとな。ま、気にしなくてイーから」
少年はポンとハルの頭を叩き、歩く様に促す。
それでもハルがじっと松葉杖を見ていると、ナイフの切っ先を背中に突きつける。
「はひーっ!」
前と同じ様に背中をつつかれ、ハルは急いで歩き出した。
「そんな脅さなくてもちゃんと歩けますよ!」
背中に当たるチクチクとした痛みに涙目になり、ハルは抗議する。
けれど少年は全く意に介さず、ナイフを仕舞う気配も見せない。
この方が、ハルは言う事を聞きやすいと踏んだ様だ。
「で、何処に行くんですか…」
「どっか」
「どっかって…何処ですか!」
「おまえが決めればいーじゃん。尤も、つまんねーとこ連れてったら殺しちゃうけどね」
「!」
そんな、と青くなるハルを尻目に、少年は鼻歌なんぞを歌い出しつつ風景を眺めている。
「前といい今日といい、一体ハルに何の恨みがあるんですかぁぁぁ」
ハルは項垂れつつも、思いつく限りの『面白い場所』を必死で探し始めた。
ハルがどんな場所にベルフェゴールを連れていったのかは、また別のお話にて。