儚く白く
ひらひらと舞い落ちる雪の花弁。
その一欠片が彼の頭にふわりと舞い降りる。
それはすぐに溶けて消えてしまい、しかし次の花弁が時を待たずして同じ様に落ちて来る。
次から次へと、ハルの見ている前で、雪は彼の頭へとその身を溶け込ませて行く。
その内に段々と落ちていく速度が増して行き、溶ける前に次の花弁が重なっていくものだから、見る間に彼の頭には雪が積もり始めて行った。
「…ハル…。オレを雪だるまにする気?」
恨めしそうな声にハッと我に返ると、声音と同じ気配の視線が此方を向いている。
「はひ、すみません。つい見とれてしまいました」
素直な謝罪に、彼はししっと肩を揺らせて笑った。
「何、そんなにオレ格好良い?ま、オレ王子だし。当然っていや当然だけど」
「まぁ格好良いのは良いんですが…それより綺麗だなぁって」
「綺麗?」
「はい、ベルさん」
ハルは微笑むと、首を傾げたベルフェゴールの頭へと片手を伸ばした。
「凄く綺麗ですよ」
言うなり、ベルフェゴールの頭に積もった雪を軽く払い落とす。
ポンポンとハルの手が動く度、積もっていた雪が一斉に浮き上がる。
それらは周囲の雪と交じり合い、外灯に煌きながら宙へと舞った。
光と雪の結晶に、ハルはじっと目を細めてその光景を眺める。
「ハール。このままだと、オレら本気で雪だるまになるぜ?」
「雪だるまになれたら、ハル達お揃いですね。ずっと一緒に、雪の中にいられますね〜」
へらりと笑うハルに、ベルフェゴールは一瞬だけ真面目な顔になる。
「どした?」
「何がですか?」
ハルがその場から一向に動かないので、自然と雪は二人に降り積もって行く。
外気も一層冷え込み、身体から徐々に熱を奪っていった。
それでもハルは動かない。
「何か悩んでんじゃね?」
ズイとベルフェゴールに顔を近付けられ、ハルは一瞬笑みを忘れた。
慌てて唇を笑いの形に戻すも、それは歪な物でしかなく…。
ベルさんは、イタリアに戻ってしまうんですか?
ハルを置いて行ってしまうんですか?
気を抜けば零れそうになる言葉を息に変え、ゆっくりと吐き出して行く。
「ちょっと…」
「ちょっと?」
「お腹がすいて…いえかなり!もう限界です、はひーっ!!」
代わりに、咄嗟に思いついた嘘を言葉にする。
ベルフェゴールは呆れた表情でハルを小突いた。
「それならこんなとこに突っ立ってないで、キリキリ歩けっての」
「すみませんー」
「飯何がいーの」
「うぅ、何でも良いです。思いっきり食べられて安ければそれで!」
「王子が安モン食える訳ないじゃん。ホラ、あそこの料理屋いくぜ」
「えぇ…っ、あそこは高級レストラン…!?ベルさん、無理ですって!ハルあんなとこ払えませんー!!」
先に立って歩くベルフェゴールを追い掛け、ハルは小走りで雪の下を行く。
元気なフリは、口を閉じた途端に霧散してしまった。
視界に入る、黒いコートを翻すその背中に、雪がはらはらと降り掛かる。
あぁ、この時間ももう終わりなのだ。
そう考えると、自然と視界が歪んだ。
元々、ベルフェゴールとハルは付き合っている訳ではない。
ただ、一緒にいると面白いからという理由で引っ張りまわされている、それだけの関係だった。
それなのに、何故…。
「どうしてハルだけが、こんなに好きになってしまったんでしょう…」
ボソリと呟いた言葉は酷く苦く、ハルの胸にしこりを残す。
それに気付く事のないベルフェゴールは振り返る事無く、時折天を見上げては何やら喋っている。
恐らくはハルに話しかけているのだろうが、ぼやけた視界と共に聴覚までも歪んでしまったハルには届かない。
この関係は、まるで雪の様だと思う。
一瞬だけは輝くけれど、時が来れば地面に落ちて消えてしまう。
何て儚い関係。
「ハルー、早くしねーと置いてくよ」
「ま、待って下さいー!」
漸くハルの耳に届いた言葉に、ハルは反射神経で笑顔を向けた。
あぁ、苦しい。
苦しいです…ベルさん。
雪が冷たくて冷たくて、とても綺麗でとても怖いです。
雪は貴方か、それとも貴方の軌跡か。
子供が作ったと思しき二体の雪だるまの傍を通り過ぎ、ハルは顔を俯かせた。
雪だるまは仲良く寄り添い、にこにこと通り過ぎる人々を見送っている。
何時かは消えてしまうというのに、あんなにも幸せそうに見えるのは、彼等が同じ存在だからだろうか。
「あんな風になれたら…」
呟きは、低く地を這って沈む。
白い吐息が、雪の結晶に交じり合って消えた。