何時か来るその時まで
じっと見つめて来る視線がやけに擽ったく、スパナは肩越しに相手を振り返った。
「何?」
真っ直ぐにかち合う瞳に、彼女は一瞬だけ驚いた表情をするも、それは直ぐに笑みに取って変わられる。
「スパナさんって、何時も飴舐めてますよね」
「ん」
背中から頭部を抱き締められ、口中にある飴よりも余程甘い香りに、スパナは目を細めて頷く。
「これが無いと口寂しいし」
「はひ。…もしかして昔、煙草吸ってましたか?」
ハルの問い掛けに、心臓がドキリと音を立てた。
幸いにも、ハルはそれに気付いた様子は無い。
思った事が余り表情や態度に出ない、自分の身体に心底感謝する。
「何で?」
「禁煙している人って、口寂しくなると飴やガムを代用するらしいんです。それで煙草やめた後も、そのまま飴を舐め続けたりするパターンが多いって聞きました」
「へぇ、そうなんだ」
「だから、もしかしたらスパナさんもそうなのかなって」
ふか、とスパナの髪の毛に顔を埋め、ハルは笑いながら頬を押し付ける。
細く柔らかい髪質は、ハルにとって何よりも心地良い場所だった。
共に寝ている時、大抵スパナの頭はハルの抱き枕と化している事が多い。
正直に言えば、ハルを抱きかかえていたい方ではあるのだが。
「んー。気持ち良いです」
うっとりした声に、ひたすら抱き枕に徹している我が身を偉いと誉めてやりたい位だ。
「まぁ、吸ってた…けど」
「やっぱりそうでしたか〜」
「かなり昔の話だよ。今はもう、全然手を付けて無いし」
頭をハルの好きに任せたまま、スパナは手元へと視線を落とす。
作業台の上に転がっている幾つもの部品を手早く組み合わせながら、既に飴の無くなってしまった棒を吹き飛ばす事なく舐め続ける。
それを察したのか、ハルの片手が棒を取り上げ、代わりに袋を破った新たな飴を目の前に差し出して来た。
それをパクリと銜えると、満足気な笑いが頭へと直接響く。
「今日もストロベリー味ですか」
「ん…」
「ハルの大好きな味です!昔はよく、ポーチ一杯に飴を入れて色々な人にあげてたんですよ」
「それっぽいな。アンタ、甘党だし」
部屋の隅に置かれたケーキの箱をチラリと見遣ると、既に開封されている中身が微かに見える。
凡そ6個入っていた筈のショートケーキは、もう半分程に減っていた。
勿論、スパナは一つも口にはしていない。
共に食べようと思って買って来たらしいのだが、大抵、その大半はハルの胃袋へと納まるのが常だった。
「はひ。それでですね!」
スパナの視線を追い掛け、彼が今何を考えているのか解ったのだろう。
多少声量のトーンを上げたハルの手が、再びスパナの頭を抱え込んで視界を塞ぐ。
「ハル、煙草吸っていた青少年を更生させたりもしたんですよ。煙草の代わりにって、飴を渡して。…獄寺さんは、残念ながらその対象には入りませんでしたが…」
「獄寺…あぁ、ボンゴレの」
「はい。あの人は何度言っても、中学生の頃から煙草を止め様としてくれなかったんです」
「扱う武器的にも、その方が都合良かっただろうしな」
獄寺の持つダイナマイトを脳裏に思い浮かべ、スパナは小さくぼやいた。
彼の口元に銜えられていた煙草と、現在自分が銜えている飴との関連性に、静かに息を吐き出す。
何気無い会話に出て来た、ハルに更生させられたという少年。
それは昔の自分だと告げたならば、彼女は一体どんな顔をするだろうか。
不意の思い付きに興味が沸くも、一度瞼を下ろし、苦笑を浮かべてそれを打ち消す。
否、止めておこう。
当時の自分は余り印象の良くない子供であったし、何より自分から言い出すのも何処か気恥ずかしい。
ハルが自分から気付くまで――例え気付かなかったとしても、それはそれで構わない事だ。
気付けば笑い話に、そうでなければ自分の思い出として胸に仕舞っておけば良い。
「スパナさん?」
僅かに緩んだスパナの顔を覗きこみ、ハルは不思議そうに小首を傾げた。
目元はハルの腕に隠されてしまっているものの、その口元は普段より穏かに微笑んでいる。
滅多に見られないその表情に、しかし腕を外すのは何故か躊躇われ、ハルは代わりに身を屈めてスパナの頬に口付けた。