限りなく仮装に近い何か〜雲雀編〜
会場は大勢の客でごった返しの状態だった。
人、人、人…見渡す限り、視界一杯が人の群れで埋め尽くされている。
煌びやかなシャンデリアの下、それぞれが飲み物を片手にお喋りに興じている光景がやたらと目に付く。
但し、各々が身に纏っているのは豪華な衣装では無く――否、或る意味極めて華やかな衣装とも言えるが――このパーティに参加していない者が見れば皆、一様に目を剥く様なそんな奇抜な代物ばかりだった。
フランケンシュタイン、ミイラ男、ドラキュラ伯爵、ゾンビ、カボチャのランタンを模した被り物等々、様々なモンスターで溢れ返っている。
それもその筈、本日は10月31日、ハロウィンで有名な日。
そしてこの会場は、ハロウィンパーティという名目の仮装パーティが催されていた。
普通の正装で現れれば、寧ろ其方の方が目を剥かれる結果と成り果てるだろう。
実際、普段と代わり映えのしないスーツを身に纏っている雲雀は、明らかに周囲から浮いていた。
尤も、それを咎める勇気のある者など、今のこの会場には存在していなかったが。
ざわつく会場を無言で一瞥し、何にも手を付ける事の無かった彼は、出席の義務は果たしたとばかりに踵を返す。
彼が会場に現れてから退出しようとするまで、その時間凡そ30分。
パーティに参加するには短い時間ではあるが、群れを嫌う雲雀にしては頑張った方だろう。
だが、それもどうやら限界が近いらしい。
今直ぐにでも、この目の前で群れている連中を咬み殺したい。
彼の目からは簡単にそんな意図が読み取れてしまい、何時しか雲雀の周囲には人気が無くなっていた。
彼が歩を進めるにつれ、近くに居るモンスター達も又、そそくさと道を譲る様にして移動する。
「………」
そんな中、白い布がふわふわと会場内を漂っているのが、雲雀の視界に入った。
異形の者達の合間を擦り抜け、時折ぶつかっては慌てて頭らしきものを下げているその姿に既視感を覚え、雲雀は一つ息を吐くと其方へ近付いて行く。
「相変らず成長してないよね、君」
腕組みをしたまま背後から声を掛けると、白い布がビクリと盛大に波打つ。
「はひ!?」
グルンと勢い良く回転した布は、しかしながら布でしかなかった。
確かに半回転した筈のそれには、唯一開けた視界となるべき場所、つまりは外を見る役割を果たす穴が開いていないのだ。
これでは人にぶつかるのも当然である。
「あ、その声はヒバリさんですか?」
「………」
呆れた様な視線を向けるも、それが相手に伝わる筈も無い。
彼女は間違いなく、足元しか見えていないのだから。
「凄いですねー。どうしてハルだと解ったんですか?」
「どうして解らないのか、僕としては其方の方が不思議で仕方無いよ」
十年前と全く同じ格好をしている相手を見下ろして深い溜息を吐くと、雲雀は片手で布を小突きながら再び歩みを進めた。
「はひっ?い、痛いです。ヒバリさん」
「黙って歩きなよ」
「何処へ行くんで…だから痛いですって。突付かないで下さいー」
人の群れへ突っ込みそうになる度に、何度も小突いて軌道修正を施しつつ、何とか白い物体を会場から外へと誘導し終える。
足元が綺麗に磨き抜かれた床から草へと変わった事に気付き、白い布は雲雀の手が引っ込んだと同時に足を止めた。
「此処、まさか外では…」
「他に何処に見えるの」
辺りを探ってでもいるのか、ヒョロヒョロと布が頼り無く揺れている。
恐らくは人が居ないかどうか、確認しているのだろう。
厚手のシルクで出来たその布では、透かして見る事も出来る筈が無いというのに。
「いい加減それ脱いだら?」
「だ、駄目です!これは、その…ハルの…大事な、衣装なんですから……」
素っ頓狂な声を発した布は、しかし徐々に語尾を小さくして行き、最終的にはゴニョゴニョと呟くに終わってしまう。
その様子から何となく事の顛末が読めてしまう自分に、雲雀は頭痛すら覚えて目を細めた。
「で、本当の衣装は?」
「はひっ!?」
「君の事だから、前もって用意してあったんだろうけど。そっちはどうしたの」
「そ、それは…あの…」
完全に図星をさされ、明らかに動揺している相手へ一歩近付く。
言い訳を懸命に考えているのか、此方のしようとしている動きに彼女が気付いた様子は無い。
その隙に、相手の頭部を覆うその滑らかな布を鷲掴みにすると、バサリと音を立てて一気に取り払った。
漸く、雲雀の知る顔が下から現れた。
彼女も又、雲雀と同じくスーツを着用している。
「はひーっ。ハルの衣装がぁぁ」
急に開けた視界に、慌てて両手を伸ばして来るハルから更に布を遠ざける。
「返して下さい!」
「まずは人の質問に答えなよ」
ヒョイヒョイと猫の手の様に伸びて来る指先をかわし、雲雀は手にした布を丸めて背後へと放り投げた。
勢いの付いたそれは孤を描いて飛んで行き、絶対にハルには届かないであろう高さにある木の枝へと引っ掛かってしまう。
「!」
無情にも頭上でユラユラと揺れている布をハルは恨めしそうに見上げ、次いでその原因である雲雀に視線を移す。
「ど、どうしてベルさんといいヒバリさんといい、ハルの邪魔をするんですか!」
やはり。
ブルブルと震えながら涙を堪える相手を見遣り、自分の予感が的中した事に雲雀は三度溜息を吐く。
「何したの、彼は」
これもまた予想が付いた事ではあるが、念の為に聞いてみる事にする。
綱吉が冗談交じりに零していた、ハルが用意したいと言っていた衣装は確か…。
「うぅ…。ベルさん、ハルの用意していた魔女の服、ビリビリに破いたんですよ!切り裂き王子がどうのとか言いながら!!」
「…それ、ひょっとして丈がかなり短かったんじゃないかい?」
「はひ。良くご存知で。そうですね、確か膝上15cmぐらいだったと思います」
「………」
沈黙。
ベルフェゴールが邪魔をする訳だ。
そんな衣装を着たハルが会場へ出る事を、この自分達が許す筈も無い。
事実、雲雀がパーティへ出席した本来の目的は、ハルを会場から連れ出す事だったのだから。
「それで、衣装が無いから、あんな布を被って出たと」
「はい。仕方ないから、ベッドからシーツ剥がして来ました」
代用品となった名称を聞き、雲雀はチラリと木の枝に掛かった布を見上げる。
「ふぅん」
「?」
何処か意味有り気な視線を受け、ハルは目を一度瞬かせると首を傾げる。
「そういえばヒバリさんは、仮装していないんですね」
「…僕は仮装しなくても充分なんでしょ」
「はひ?」
全く覚えていないらしい相手に、片手をスイと伸ばす。
無理も無い。
もう10年も前の事だ。
だが、言った本人は忘れていたとしても、言われた方はそうもいかない。
「仮装しなくても充分怖いって、君が言ったんだよ。だから…」
温かなハルの肩を伸ばした手で掴み、相手が痛みを覚えない程度に力を込め、決して逃がさない様にしておく。
「望み通り、怖い思いさせてあげようか」
雲雀が不敵な笑みと共に宣言したその10分後、ハルの泣き声が辺りに響く事となる。