雲雀恭弥改造計画オマケ
ハルの通う緑中のレベルはとてつもなく高い。
超難関のエリート中学として有名なのだから、それも当然といえば当然なのではあるが。
問題はハルが其処に受かってしまったという事だった。
山勘やまぐれや偶然で入れる所ではない。
だからこそハルは頭は良い。
頭は良いが、勉学のレベルもそんじょそこらの中学とは段違いで、ハルは試験の度に結構な苦労を強いられていた。
そんな彼女は今、雲雀の指導の下で試験勉強をしている。
「もう一度同じ所を間違えたら殺すよ」
必死に問題に取り組んでいるハルの頭上から、冷ややかな声が降って来た。
「ヒバリさん、そうやって脅かさないで下さいよ!」
一瞬ビクついたハルは、トンファーの代わりに物差しを持っている雲雀を見据えた。
「脅し…?まさか。僕は本気だ」
スッと物差しを目の前に突き出され、ハルは慌てて問題集に視線を落とす。
先程から間違える度に物差しの制裁がハルを襲っている。
女相手といえど、雲雀は容赦がなかった。
そもそも雲雀がこうして家庭教師の真似事をしているのは、以前ハルと約束をした為だ。
正確には、雲雀であって雲雀ではない者がハルと約束を交わした。
気色悪いぐらい優しい性格の雲雀の事である。
その時の彼と交わした約束は、何故か元通りになった雲雀に受け継がれてしまっていた。
正直に言えば、今の雲雀に勉強を見て貰うのは遠慮したかった。
トンファーでないだけマシではあるが、プラスチック製の物差しでも叩かれれば十分に痛いのだ。
「うぅ、悪夢です…」
ハルは涙目になって問題を次々と解いていく。
ハルより断然ランクの低い中学に通っているとはいえ、雲雀は成績が大変良かった。
元々頭の出来が優秀なのかもしれない。
だからこそ、こんな問題も解けないのかとばかりに、教えて貰う度に殺気を撒き散らして来る。
あの雲雀であれば、こんな風には絶対教えなかっただろう。
彼の微笑を思い出し、ハルは微かに胸を押さえた。
彼が消えてしまって辛かった。
とても悲しかった。
あの後、家に帰って一晩中泣き通した。
けれど結局、何度考えてもハルが選んだのはこの雲雀だった。
それは今でも間違っていないと思っているし、後悔もしていない。
ただ、彼を思い出す度に、少しだけ胸が疼くのだ。
これは仕方ない事だった。
あれも間違いなく雲雀本人だったのだから。
ベシッ
「イタッ!!」
シャーペンの動きが止まったまま動かない事に焦れたのか、雲雀の物差しがハルの額に命中した。
否応なくハルは現実に引き戻される。
「やる気あるの?」
僅かに苛立った気配に、ハルは額を押さえて俯く。
「はひ…すみません」
思い出してしまった事が原因か、それとも今の攻撃が原因か。
ハルの目尻に涙がじわじわと滲んで来る。
雲雀に見られたくなくて、更に顔を俯けた。
途端に、溜まりきれなかった涙がポロリと零れる。
それに気付いた雲雀が溜息を吐いた。
面倒くさそうな表情のまま、ハルの横へと腰を下ろす。
真横の気配に、ハルは顔を上げられない。
「ハル」
雲雀は名前を呼んだ。
何時もの様な苗字ではなく、あの雲雀の様に名前を。
それが信じられず、思わず相手へと顔を向けた。
雲雀は真面目な顔をして此方を見ている。
「これを言うのは最初で最後だよ。二度と言わない」
そう前置きしてから、ハルへと身を傾けその耳元で小さく囁いた。
その言葉が脳に到達した時、ハルの目がみるみる見開かれていく。
「……、ヒバ…っ」
何度も口を開いたり閉じたりを繰り返し、ハルはその言葉を噛み締めた。
雲雀は先程口にした言葉が嘘の様に、何時もの表情へと戻っている。
けれど、あれは幻聴なんかではない。
小さくはあったが、雲雀は確かにハッキリと口にした。
「ヒバリさんー!」
ハルは勢い良く雲雀に抱きついた。
仏頂面でそれを受け止め、雲雀は暫くハルの好きな様にさせておいた。
きっかり30分経った頃合を見計らい、雲雀は物差しを手に立ち上がった。
「はぇ?」
急に軽くなった腕に、ハルは雲雀を見上げた。
そして凍りつく。
とてつもなく恐ろしい笑みで、雲雀は物差しを片手で叩いている。
「さぁ、そろそろ再開しようか」
雲雀のこの台詞で、ハルの地獄の時間が再び始まった。
「君を、愛している」
それは二人の雲雀からのメッセージだった。