感情のささくれ
初めは二人だった。
それが何時の間にか一人増え、二人増え…気付けば十人という大人数になっていた。
全員見知った顔ではあるが、そんな事は関係ない。
用事があるのは只一人だ。
それなのに何故、あの女子の周りには常に人が群がっているのだろう。
いっその事、全員噛み殺そうか。
そう考えもしたけれど、きっと彼女は怒るだろう。
それはそれでまた面倒くさい事態になるので、取り合えずは我慢する事にする。
けれど、何時まで経っても彼女が此方の存在に気付かないどころか、更に一人新たな人物が群れに加わったところで、頭の中で何かが切れた。
「………」
無言で足早に歩み寄ると、目当ての人物の腕を掴む。
「はひっ!?」
一瞬身体をびくつかせる彼女に御構い無しに、引きずる様にして群れから連れ出す。
一人を欠いた群れは、ただ呆然とした様子で立ち止まっているだけだ。
「…何怒ってんだ?ヒバリの奴…」
「さぁな」
「って、ハル連れてかれたけど…大丈夫かなぁ」
「平気なんじゃないスか。あの二人、最近良く一緒にいるみたいですし」
「へぇ、そうなんだ。知らなかった」
背後で交わされるそんな会話が聞こえてくるも、全て無視を決め込む。
只でさえイライラしている時に、お喋りに付き合う余裕はない。
トンファーで全員を伸してしまう前に、群れの視界に入らない距離まで離れた。
車の通りも殆ど無い場所まで来ると、そこで漸く今まで掴んでいた腕を離す。
結構強く掴んでしまったから、もしかしたら痣になったかもしれない。
そう思い振り返ると、無理矢理連れてきた彼女は、ただポカンとした表情で此方を見ていた。
「何間抜けな顔してるの」
その顔が余りにも面白く、ついそんな言葉が口をついて出てしまった。
「ま、間抜けって失礼です!…って、そんな事よりも。どうしたんですか?急に」
「別に」
しれっと答えると、相手は何とも言えない表情になる。
「別にって…。それじゃ、何を怒ってるんですか?」
「へぇ。一応、僕が怒ってるって解るんだね」
「そりゃ…。あんな態度すれば嫌でも解りますよ」
さも当然だと言わんばかりの様子の彼女には返答せず、今まで掴んでいた腕を取る。
視線を落とすと、其処には僅かではあるが赤黒い指の形が残っていた。
「ヒバリさん?」
「痣」
「へ?」
「残っちゃったね」
「あ」
「痛むかい?」
「いえ…。言われるまで気付きませんでしたし」
話がすっかり逸らされた事にも気付かず、彼女こと三浦ハルは自分の腕を眺めている。
その姿を見下ろし、漸く苛ついていた感情が収まってきた。
彼女が群れの中で楽しそうに談笑している姿、あれこそが怒りの原因だと自分で解っていた。
何の事はない、単なる嫉妬から湧き出た感情だ。
口に出して言う気は、更々無いけれど。
「三浦」
「はひ」
「明日から、学校終わったら応接室に来なよ」
「…?」
「解ったかい?間違っても寄り道しないでね。もしそんな事したら、噛み殺すから」
「は、はひ…っ!」
「僕の仕事が終わるまで大人しく待っていられたら、一緒に帰ってあげるよ」
そこまで言った途端、今まで訳が解らず困惑気味だった彼女の顔は、一気に明るくなった。
あぁ、仕方ない。
この笑顔を他の奴らに見せるなんて勿体無い事をしない為にも、今後彼女を傍に置いておく事にしよう。