香り漂う頃合に
ドサリと、何かが崩れ落ちた。
もう幾つも幾つも積み上がった死体の前に立つ少年は、やたらと嬉しそうに笑っていた。
怖いと思う暇すらなく、私はその笑顔に魅せられていた。
今思えば、あれは常識では考えられない、子供の遊びだったのだろう。
そして今、その子供は成長して私の目の前にいる。
幼い少年の頃の残虐性を、そっくりそのまま残して。
「ね」
彼は全く同じ光景の前に立ち、無邪気に笑っている。
「前にも会ったよね。ずーっと、昔」
横たわる死体の、たった今噴出したばかりの鮮血を浴びた姿で。
「名前、なんての?」
両手には、数え切れないぐらいのナイフを持って。
「教えてくんない?」
脅しでも、強要でもない。
単なる、お願い事。
断った所で、自分には害はないだろう。
それぐらいで気を悪くする程、彼は自分に興味を持ってはいない。
今は、まだ。
「ハル…、です」
それなのに、私の口は勝手に動いていた。
名乗れば、彼が興味を持ってしまう事が解った上で。
「ハルかぁ」
しししっと笑い声が聞こえた。
「見られちゃったの、二回目だね」
言うなり、ナイフが私の喉元に突きつけられた。
だというのに、私の頭は全く恐怖を感じてくれない。
確かにこれは現実なのだと、感じているにも関わらず。
あぁ、彼は覚えていてくれたんだなと、心の何処かで喜んでいる自分が確かにいる。
まだ小学生にもなっていないぐらい昔、イタリアへ旅行にいった事を思い出す。
父親と逸れ、暗い路地裏に迷い込んだあの日。
自分と然程歳の変わらぬ少年と出遭ったあの時。
彼は、大勢の人を殺していた。
どうやって殺したのかとか、どうして殺したのかとか、そんなのはどうでも良かった。
ただただ、とてつもなく大きな衝撃が自分を襲った。
自分の知らない世界を垣間見た、歓喜。
それが私の心を占めていた。
今もまた、同じ。
きっと私は壊れてしまっているのだろう。
彼を初めて見たあの時に。
意味を成さない正常な感覚を全て、置いてきてしまったのだろう。
「死にたい?死にたくない?」
彼はまた笑って、顔を近づけて来た。
軽い口付けに、血臭が漂って来る。
私は、それに答えず目を閉じた。