変わり変わって変わる時






雲雀恭弥は絶句していた。
ベルフェゴールは口をあんぐりと開けっ放しで見ていた。
そして三浦ハルは…。

「………」
「………」
「………」

三人は三人共、ただ無言でその場に佇むしかなかった。
その原因はハルにあった。
ハッキリと言えば、ハルの容姿にあった。
別に奇天烈な姿をしているとか、奇妙な髪型をしている訳ではない。
寧ろとてつもなく格好良かった。
そう、女とはとても思えない程に。
「えー…、っと。…どちら様…?」
ベルフェゴールは思わず尋ねていた。
そうでもしないと、これが現実に起きている事だと確信が持てなかったのだろう。
「ハルです」
そう答えたのは、確かに三浦ハルだった。
但し、何時もより幾分か声帯が低い。
「僕の知っている三浦ハルは、もっと身長が低かったはずだけど」
雲雀が腕組みをしたまま、漸く口を開いた。
「朝起きたら20cm近く伸びてました…」
ハルは項垂れながら答える。
「…っつーか、男じゃなかった気がすんだけど」
ベルフェゴールが遠慮なく片手を伸ばし、ハルの平たくなった胸に当てて呟く。
「きゃああああ!何すんですかー!!」
突如、ハルの腕が唸りをあげ、金髪の王子様は危うく正拳突きを食らいそうになる。
辛うじて身を捻って避けたものの、とんでもなく早い攻撃だった。
「別にいーじゃん!?今のハル男だし!」
「男、男って言わないで下さい!!ハルは本当は女なんですから!」
「それじゃ何でそんな姿に?」
怒鳴り合うベルフェゴールとハルの間に、冷ややかな声が割って入る。
「解りません…」
「昨日までは普通だったよね」
「はひ」
ハルは雲雀の方を見る事が出来ず、視線を地面に落とす。
雲雀の怒りの原因が、何となく解ってしまった為だ。
今のハルは、何時もより+20cm程度の身長になっている。
つまり、156cmプラス20cmの176cm近くなっている訳である。
それに伴い、当然の如く雲雀やベルフェゴールより視線の位置も、僅かではあるが高い。
だからこそ彼らと目を合わせようとすると、自然と見下ろす形になってしまうのだ。
そして恐らくは、雲雀はそれが気に入らないのであろう。
ハルが男になってしまった事実よりも、自分より身長が高いという事実の方が。
「原因の心当たりは?」
「ありません…。変わった事も特に何も……季節外れの蚊が飛んでいた事ぐらいしか」
ハルは昨夜の記憶を探り、首を傾げている。
が、雲雀はその言葉の最後に何か引っかかりを覚えた。
「蚊?」
「はひ、ハルの部屋を飛んでたんです。こう、プーンと…」
「………」
唯でさえツリ気味だった雲雀の両目が更につり上がる。
そして無言のまま、並盛中のある方角へと足を向けた。
「ヒバリさん?」
「おい、何処行くんだよ」
「………」
呼び止めようとする二人を残し、雲雀はその場を立ち去った。
こんな事態を引き起こしたであろう、あの女好きでだらしが無い、並盛中に所属しているヤブ医者を咬み殺す為に。




其処で目が覚めた。
「………」
ゆっくりと身を起こすと、雲雀は不快そのものの表情で片手で頭を押さえる。
気分は最悪だった。
ハルが自分より身長の高い男になってしまったという夢の内容もそうだが、何より結局何も出来ないままに目覚めてしまった事が更に不快指数を高めていた。
せめて、あのシャマルという人間を叩きのめしてから目覚めたかった。
深い溜息を吐くと、布団を抜け出して素早く着替えを始める。
何時も通りの学ランを肩に羽織らせ、用意されていた朝食は取らずにそのまま家を出る。
「………」
僅かに重い頭に、眉間に皺が寄る。
夢見が悪かったせいか、先程から鈍痛が絶えない。
これは、気晴らしでもするべきか…。
物騒な事を考えながら、獲物を探して視線を前方へと向ける。
そして口元に笑みを浮かべた。
丁度良いタイミングで、道に突っ立っている人物がいた。
ティアラを被った金髪は、何やら口を開けっ放しにして一点を見つめている。
「…?」
その様子が尋常でない事に気付くと、視線を右――ベルフェゴールが凝視している方向へと向けた。
民家の塀の傍に、誰かが立っている。
ベルフェゴールより僅かに背の高い、ポニーテールをした男の様だった。

まさか。

この距離ではまだ男の顔は良く見ない。
しかし男の姿を見た途端、雲雀の鈍痛は確実に増した。
先に雲雀に気付いたのは、男の方だった。
「ヒバリさん…」
男の口から漏れたのは、何処かで聞いた事のある、しかし記憶にあるそれよりは幾分か低い声だった。


正月を迎えて三日目の朝。
そういえば、年が明けて夢を見たのは今日が初めてだと思い出す。
初夢は正夢になるという、くだらない言い伝えが雲雀の脳裏を横切った。







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