変わり変わって変わる時2





ベルフェゴールがハルの胸に手を押し当てて、殴られそうになっている。
その光景に、雲雀の頭の鈍痛は激痛に変わった。
全く夢の中と同じ出来事に、いっそもう一度布団に潜り込みたい心境にさえなって来る。
ズキズキと痛むこめかみを指先で押さえると、深い深い溜息を吐く。
それで頭痛や目の前の現実が消える訳でも無いが、…いや、寧ろ色濃く認識してしまう結果と成り果てただけだ。
「…にしても、ハルでかくなったなー。オレらの身長追い越してんじゃん」
ベルフェゴールが感心した様にハルを見上げる。
肝心のハルといえば、もう殆ど泣きそうな顔になっていた。
「嬉しくないですよ!こんなんじゃ…ハル、ハル……ツナさんに会いに行けません〜!!」
顔を覆ってさめざめと泣く美男子の台詞に、雲雀とベルフェゴールの額に薄っすらと怒りの四筋マークが浮かび上がる。
こんな時でも、沢田綱吉の事を真っ先に考えるのか…!
二人の思いはこの時完全に同一だったであろう。
「あれ?ヒバリさんに、ベルフェゴール…!?何でこんなところに」
そしてタイミング悪く、該当人物が現れてしまったとなると、もう不運というしかない。
主に綱吉にとっての。
「沢田綱吉…」
「何ではこっちの台詞なんだけど」
珍しく一人で道を歩いていた綱吉は、これまた珍しい組み合わせが雑談している事に驚きを隠せないでいた。
一体、彼等は何時の間にこんなにも仲良くなったのだろうか。
そう考えて綱吉は視線を更に右、先程から全く喋らないもう一人へと向ける。
雲雀、ベルフェゴールに対し、此方は初対面だ。
初顔の少年は顔を真っ青にして口を大きく開けていたが、綱吉と視線が合うなり凄い勢いで顔を逸らした。
「………?」
理由が解らず思わず首を捻ってしまうも、ポニーテールをした少年は今や完全に綱吉に背を向けてしまっている。
その両肩がブルブルと小刻みに震えている様に見えるが、綱吉が声を掛ける前に雲雀とベルフェゴールが少年を庇う様にして前に立ち塞がった。
「それで、何か用なのかい?」
「俺らちょっと忙しいんだけど?」
見事なまでのタイミングで、二人の少年は口元に形ばかりの笑みを湛えたまま、綱吉を睨みつける。
さっさと何処かへ行けと言わんばかりの…いや、間違いなくそう物語っている態度にやや後ずさりながら、綱吉は退散する事にした。
「わ、解ったよ。邪魔して御免。それじゃ…っ」
片手を弱々しく上げて、急いで踵を返す。
最後の最後まで一度も喋る事のなかった少年を横目に、綱吉の唇が小さくぼやかれた。
「…何処かで見た気がするんだけどなぁ…」
おかしいなぁ、と頭を掻きながら去って行く後姿に、ハルは漸く振り返り、潤んだ視線を向ける。
愛しい背中が徐々に小さくなって行くのを悲しそうに見詰め、鼻を啜る姿は恋する乙女そのものだった。
そんなハルの様子を見た二人はと言えば、正しく不機嫌最高潮の真っ只中。

「………今からアイツ追っかけて、殺ってきちゃって良い?」
「好きにしなよ。尤も、最初に噛み殺すのは、この僕だけどね」

何とも不穏な台詞を吐きながら、ハルと同じく綱吉の背中を見据えている二名。
その余りにも険悪な視線から逃げる様に、綱吉の姿は異様な速さで遠ざかって行った。
「雲雀さん、ベルさん…」
苛々とした表情で、綱吉を見詰め続けるハルを眺めていた雲雀とベルフェゴールは、微かに身体を震わせているハルの声に目を瞬かせた。
「お願いします、ハルが元の姿に戻れる様に、協力して下さい!!」
突如としてガバッと頭を下げられ、二人は思わず顔を見合わせてしまう。
それは言われずとも、喜んでするつもりではあったが…。
何としても女性に戻りたいという、その一番の理由が解るだけに、どうにも手放しで喜べない。
「そりゃまー…ハルが男のままだと、俺らも困るし?」
「……仕方ないね」
何とも微妙な表情で、雲雀とベルフェゴールは各々口を開く。
「はひ!有難う御座います!!」
それに気付かないハルは二人の手を順に取り、握手を交わしたままぶんぶんと上下に勢い良く振って喜んでいる。
そんな姿が、男になってしまった今でも可愛く見えてしまうのだから、これはもうどうしようもない。
恋は盲目、痘痕も笑窪。
妙な事態に陥らない内に、一刻も早くハルを元の姿に戻さねば。
雲雀とベルフェゴールは同時にそう考えると、機嫌良くにこにこと笑っているハルの顔を見て、これまた同時に溜息を吐いたのだった。







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