気付くもの







ずっと前から気付いてはいた。
自分が少しばかり異質な存在ではあるのだと。
何となく感じたのは4歳の時。
ぼんやりと見えてきたのは6歳の時。
ハッキリとそうだと覚醒したのは10歳の時。
その頃にはもう、自分を止められなくなっていた。
最も、止める理由もその気もなかったが。
だからそのまま成長した。
そして現在に至る。
大抵の者は自分を恐れ、近付かない。
それこそが心地良い空間で、自分もそれを望んでいたはずなのに。


「ヒバリさんー!来ちゃいました!!」
片手を大きく振って、遠くから駆けて来る少女の姿が見える。
恐れ知らずなのか、持ち合わせの天然が成せる業なのか、彼女は自分に好んで親しくしようとす
る。
「何しに来たの」
「はひ!」
冷たく言い放ってやると、ショック!の文字を顔に貼り付けて落ち込む。
とても解り易い人間だ。
「ヒバリさんに会いに来たんですよー」
それでも直ぐに立ち直り、再び笑顔全開になる少女の名前は、確かハルと言ったか。
何度も何度も、自分の事を名前で呼んでいるから、嫌でも覚えてしまった。
「会ってどうするの」
「お話です!」
にこーっと笑みを浮かべて隣に座った彼女は、じりじりと此方へにじり寄って来る。
「僕は話なんてしたくない。静かに出来ないなら帰るんだね」
「う、解りました…」
冷たく突き放すと、ションボリと肩を落とした。
帰ると思われた彼女は、しかしその場から動こうとしない。
どうやら沈黙の方を選択したらしい。
チラチラと此方を見てくる彼女に何を言う事もなく、視線も合わせないでおく。
その内に諦めて帰るだろう。
ふわ、と欠伸を漏らして横になる。
校舎の屋上は陽が丁度良い加減で当たっているので、昼寝に最適だった。
そういえば、何故この少女はこの時間に此処に居るのだろう。
今は、午後を僅かに過ぎたばかりの時間帯のはず。
通っている学校が違うとはいえ、授業の時間帯等は大抵一緒だ。
「サボリかい?」
眠りに引き込まれそうな感覚に身を委ね、疑問をそのまま口にする。
眠るまでの間だけなら、少しだけ話に付き合ってやっても良いと思えた。
「違いますよ。ハルの学校は、今日は午前中だけだったんです」
目を閉じたままなので、彼女がどんな表情を浮かべているのかは見えない。
けれど、何となく想像は出来た。
それぐらい、彼女はしょっちゅう自分に会いに来ている。
きっと今は、少し拗ねた表情を浮かべているのだろう。
「へぇ、本当かな」
「本当ですっ」
寝ようとしている自分を気遣っているのか、焦りながらも声のトーンは抑えられている。
それが面白く、クスリと小さく笑った。
「ヒバリさん、寝ちゃうんですか?」
「見ての通りだよ」
「それじゃ、ハルが膝枕してあげますよ」
とっておきの提案とでも言うかの様に、妙にはしゃいだ声が聞こえてくる。
身を乗り出して自分を覗き込んでいるのか、今まで日向に晒されて明るかった顔が暗く翳った。
「少しでも動いたら殺すけど、それもでもしたい?」
「…それは、ちょっと無理です…」
ガクリとコンクリートの床に両手を着く気配。
くくくっと笑いが自然と漏れた。
近くに人がいるのは煩わしいと思っていたが、これはこれで面白く、なかなかに心地良い。
「ねぇ」
「はひ」
目を開けると、真横に俯いた姿が見えた。
コンクリートに着いたままの彼女の片手を、思い切り自分の方へと引き寄せる。
「ほぇ…っ!?」
急激な力の方向に耐えられず、彼女の身体は傾ぎ此方へと倒れ込んで来た。
それを反対の腕で受け止める。
自分に折り重なる様な体勢で、彼女もまた横になる。
「君も寝なよ」
胸に乗った頭へと小さく囁くと、初めはきょとんとしていた顔が、一気に喜びに弾ける様が間近
で見て取れた。
「はい!」
満面の笑顔で頷く頭を軽く撫で、再び目を閉じる。
彼女は思ったより軽く、このまま寝ても苦にはならなさそうだ。
「雲雀さんの心臓の音が聞こえますー…」
胸の上で彼女は身動ぎして、ポツリと呟く。
話しかけているのではなく、思わず口から漏れた言葉の様だ。
「トクントクンって、凄く優しい音です」
薄く目を開いて様子を伺うと、彼女は目を閉じてほやんとした笑みを浮かべていた。
余りにも心地良さそうなので、思わず自分も同じ事をしてみようかと考えてしまう。
けれどそれを実行に移す前に、静かな寝息が聞こえてくる。
君はのび太かと思わず突っ込みを入れたくなる早さで、自分の胸の上で彼女は眠りに落ちていた。
ずっと彼女の頭に置いていた手を動かす。
サラリとした感触の髪の毛を梳いてみるも、全く起きる気配はない。
「随分と無防備だね」
小さく囁きかけ、指先を彼女の口元へと持って行く。
薄く開いた唇をそっと指先で辿ると、再び目を閉じた。


後は穏やかな眠りの中へと落ちて行くのみ。
こんなにも心地良く眠れるのは、自分にとって彼女は既に他人ではないという証なのかもしれない。







戻る