君と何時までも
さぁ、今日は七夕です。
笹の葉を飾り、短冊を付けて、願い事をする日でもあります。
色とりどりの折り紙が、何日も前から綺麗な模様を展開させて様々な形へと変化し、目に眩しく輝いています。
幸いにも、本日は快晴。
場所によっては、夜には満天の星空が拝める筈です。
では、此処で一つの質問をしましょう。
「貴方の願い事は何ですか?」
雲雀恭弥の場合。
「弱々しい群れがこの世から消える事」
「………」
マイクを向けたハルは固まった。
「そ、それは難しいと…」
「なら咬み殺すまでだね。自分の手で」
つまらない、と言外に告げながらも、そう応える雲雀の顔は楽し気だ。
「…それ以外には無いのですか?」
「無いよ」
簡潔な言葉に、ハルの肩が一気にガクリと落ちる。
「そうですかー…。インタビューに答えて下さって、どうも有難う御座いました。それじゃ、失礼します」
これ以上の長居は無用だとクルリと踵を返すハルに、雲雀の手が不意に伸びる。
「待ちなよ」
「はひ?」
グイと肩を掴まれ、ハルの身体は背後へと引き戻された。
「何処に行くの」
「え…。それはまぁ、他の人にもインタビューをしに…」
当惑した返事に、雲雀の眉が潜められる。
「例えば?」
僅かに近付いたその声と表情に、何故か恐怖を煽られてハルの顔はやや引き攣った。
「そ、その…。ハルの知り合いの人を色々と…」
「だから、その知り合いって具体的に誰なの」
「えーっと、ベルフェゴールさんとか、獄寺さんとか…」
ハルは指折り数えて、これから突撃する相手の名前を述べて行った。
そして、名前が増える度に雲雀の表情が無くなって行く。
まるで能面の様な顔になってしまった少年に、ハルは思わず息を呑んだ。
ハル、何か悪い事でもしたのでしょうか…?
ビクビクと怯えながらも、予定していた人物を全て挙げると口を閉じる。
「そう…」
低い声ながらも平坦な口調で、雲雀は掴んでいた肩を離す。
何時もと然程変わらない様子に、漸く開放されたハルはホッと息を吐いた。
雲雀が怒っている様にも見えたのだが、もしかしたらそれは単なる気のせいに過ぎなかったのかもしれない。
「そ、それではー…」
ややぎこちない笑みを貼り付け、ハルは今度こそ雲雀の前から立ち去ろうとした。
が。
「………」
「………」
歩き出して30メートルを過ぎた頃合。
背後から聞こえて来る足音は、ピッタリとハルの歩調に合わせてついて来ていた。
「雲雀さん…?」
「何」
振り返ると、其処には能面雲雀の姿が一つ。
「こっちに何か用事でも…?」
「あるから歩いてるんだけど」
「そ、そうですか…」
さも当然だと言わんばかりの調子で返され、ハルは腑に落ちないながらも頷いた。
そして、再び歩く。
それに合わせて、背後の靴音が続く。
ピッタリと一定距離を保ったまま。
「………」
「………」
足を止める勇気も、振り返って再び同じ質問を投げ掛ける勇気も、今のハルには到底出せない。
互いに無言のまま、二人は道中をただただ歩いていた。
ベルフェゴールの場合。
「は?願い事?そんなもん言ってどーすんの。つか、王子が願うなんてありえねーし」
「はひ…。左様ですか…」
さも馬鹿にした口調に、しかしハルはめげている余裕は無かった。
何せ、マイクを向けている方とは逆、つまり背後には雲雀が腕を組んで此方を見ているのだから。
「にしてもハル、何でエース君と一緒?」
「さ、さぁ…」
ベルフェゴールの質問は、ハルこそが聞きたい事だった。
結局雲雀は、あの後ずっと後をついて来たのだ。
終始無言のまま延々と。
何か話しかけてくれるのであればともかく、黙ってついて来られると、相手が例え知り合いであろうとも恐怖を感じるものだ。
ハルの足取りが途中から速度を上げたのも、致し方がないと言えよう。
多少息切れしながらも、ハルはベルフェゴールへと向けていたマイクを引っ込めた。
「君には関係ないでしょ」
雲雀が今まで着けていた能面を外して数歩前に出ると、ハルとベルフェゴールの間に割って入る。
その何時でも戦闘可能な体勢に、自然とベルフェゴールの口端にも笑みが上った。
「関係ないんだったら、来なきゃ良いじゃん?そしたら、ハルと二人きりだったのにさー」
のんびりとした口調とは裏腹に、ベルフェゴールの指先でナイフが光る。
「あ、あのー…」
まさに一触即発。
二人の少年の間に散る火花に、ハルはゆっくりと二人から離れて行く。
好戦的な表情で向き合う彼等に、今が好機だとばかりにハルは慎重に遠ざかって行った。
「ベルさん、インタビューさせてくれて有難う御座いましたー。それではー」
遠方から小声で礼を述べると、ハルは睨み合う二人を後にして、そそくさとその場から逃げ出した。
しかし、そんな彼女を視界の端に入れた雲雀とベルフェゴール。
互いの獲物を下ろし、どちらともなく後を追いかけたのは言うまでも無い事で。
「………」
「………」
「………」
ハルが足早にその場から離れて数十メートル。
「…何か、足音が増えてる気がします…」
ボソリと呟く彼女の背後からは、2種類の足音。
やはり先程と同じく、一定の距離を保ってついて来る。
心なしか、不穏な空気もマイナス要素として追加されている様だ。
その正体が嫌と言う程解るだけに、ハルは大きく息を吸い込むと、次の人物の元へと全力で走り出した。
獄寺隼人の場合。
「何やってんだ?てめー」
息も絶え絶えにマイクを差し向けられ、獄寺は呆れた様に目の前の少女を眺めた。
「き、気にしないで…下さい。そ、れで…願い事、は……?」
「そりゃ決まってんだろ。10代目の右腕になる事、それ以外にはねぇ」
「何て、お約束な…お返事、なんでしょう…」
相も変わらずキッパリと言い切る姿に、呼吸を整えながらもハルは感心した表情になる。
マイクを引っ込め、次は誰だったかと記憶を探るハルの後ろでは、苛々とした二人の少年の姿があった。
「…何でお前、あいつらと一緒にいるんだよ?」
不審な表情を全面に出している彼の質問はご尤も。
「…どうしてでしょうね…」
遠い目で宙を見るハルに、獄寺はますます胡散臭気に目を細めた。
「ハルー。そいつ終わったんなら早く次行こうぜー」
「こんな所で時間を浪費していると、全員回れないんじゃない?」
表情そのままの口調で、明らかなる挑発の色音を含ませた声に、獄寺の額に青筋が浮かび上がる。
「んだと?てめーら…」
懐から小型のダイナマイトを出す獄寺に、ハルは真っ青になって抱き付いて止めた。
「はひー!これ以上の揉め事は止めて下さいー!!」
只でさえ雲雀とベルフェゴールという凶悪な因子を抱えているというのに、この上獄寺にまで暴れられては堪らない。
先程の様に逃げる機会だと思えない事も無いが、流石に爆弾を扱う人間を放置する事は出来なかった。
「ちょ、馬鹿、離れろ…っ」
「なら、そんなデンジャラスな物、早く仕舞って下さい!」
獄寺がダイナマイトを手放すまで、決して放さないとばかりにハルが両手に力を込める。
柔らかくサラリとした髪の毛から、仄かに香る甘い匂いを間近で嗅ぎ、獄寺の顔が意識して朱に染まった。
当然、背後に立つ2名がそんな光景を大人しく見守る筈も無い。
「三浦、離れていないと怪我するよ」
「ししっ。久しぶりに本気で殺したくなっちゃったかもー?」
不穏な空気に相応しい台詞に、ハルがハッと振り返る。
「な、何でハルが止めようとする矢先から、お二人共戦う気満々なんですか!?」
「いや、明らかにてめーが原因だろ…」
未だ抱きついたままのハルの腕を引き剥がし、獄寺が小さく溜息を吐く。
「駄目です!」
煙草の火をダイナマイトへと点火しようとする仕草を見て取り、ハルは再び獄寺に抱きついた。
「だっ…てめ、危ねーつってんだろーが!」
「デンジャーなのは獄寺さんです!こんな所で爆弾なんて何考えてるんですか!!」
怒鳴りあうハルと獄寺の姿に、雲雀とベルフェゴールの堪忍袋の緒が切れ掛ける。
「僕の目の前で堂々と風紀を乱すなんて、良い度胸してるよね…」
「千切りと三枚下ろし、どっちが良い?」
薄ら笑いを浮かべて武器を構えるそんな二人に、青くなったのは獄寺でもハルでも無く―――。
「あ、れ。…まさかまた俺、間の悪い時に来ちゃった…とか?」
哀れにも偶然通りかかった綱吉は、4人の真っ只中で思わず足を止めてしまっていた。
静まり返る空気。
集まる4つの視線。
そして、色々な方向性を含んだベクトルは、全て彼へと向かって走り出す。
沢田綱吉の場合。
「………平凡な人生………」
ボロボロになった顔で、ボソリと綱吉が呟く。
その背後では、雲雀とベルフェゴールと獄寺が、それぞれの武器をフルに活かして闘っていた。
10代目の仇と獄寺がダイナマイトを投げれば、馬鹿じゃねーのとベルフェゴールがワイヤーでそれを弾き、油断大敵とばかりに雲雀がトンファーを打ち下ろす。
「ツ、ツナさん…」
「平凡な人生が欲しい…」
「ツナさん、しっかりして下さいー」
綱吉の暗い呟きと、手当てを施すハルの慰めは、しかし激しい戦闘音に紛れて聞こえない。
空では折りしも彦星が織姫に逢っている最中、満天の星空が暗い夜空に浮かび上がっております。
今まで他の人へとマイクを向けていたハルですが、では彼女本人の願い事を聞いてみるとしましょう。
「はひ?それは勿論、これしかありません」
にっこりと笑ってハルは答える。
「皆さんと、何時までも一緒に居られます様に!」