記憶に残すため
綺麗な恋は、綺麗な想い出と共に、綺麗なまま保存されて、綺麗な別れで永遠となる。
向けられた銃口に、無性に笑いが込み上げて来た。
これは、信じる信じないの問題では無い。
実行する力が有るか無いか、する気が起きるか起きないか、其処が争点となる。
「どうしてかな。怖いという気が起きないよ」
「どうしてでしょうね」
「うん、不思議だ」
「笑いながら言う台詞ではありませんよ。正一さん」
「そうだね。でも君も、人の事は言えないだろ?」
「確かに」
互いに顔を見合わせ、クスクスと軽い音を立てて笑い合う。
彼女の肩が揺れるのに合わせ、照準がユラユラと上下に揺れた。
「命乞いでもしてくれれば、ハルは楽になれたんですけど」
「あぁ、それは無理な話だよ。僕がそうした瞬間、君はその引き金を引いてしまうからね」
「バレましたか」
「勿論」
再び交わし合った視線に、ひっそりと目元が細められる。
これだけ互いの事が解っているのだから、隠し立てなぞしようにも出来る筈がない。
騙まし討ちも、企みも、全てが相手に見抜かれてしまう。
「それじゃ、仕方ないですね」
ゆっくりとハルの腕が下がると共に、銃口もまた床の上へと下ろされる。
彼女の表情を見るまでも無く、その指先が最初から引き金を引く気が無い事は解りきっていた。
しかしそれを残念がる自分が居る事に気付き、正一は軽く苦笑を浮かべるとハルへ二、三歩近付く。
自然と向けられる瞳にそっと片手を被せ、静かに視界を奪うと、紅く目を引く唇に口付ける。
――そうか、これでもう最後なのか。
接触するだけの、簡単な別れの挨拶。
酷く甘い、郷愁さえ感じさせるキスは、ほんの数秒で終わりを迎えた。
「このまま君を殺せたら、僕だけのものでいてくれるのかな」
ポロリと零れた呟きに、しかし返事は無い。
それも予測済みだった事で、態とらしく嘆息してみせるだけに留めて置く。
塞いでいた目元を開放すると、その下からは思いがけず優しい笑顔が現れた。
「次にお会いする時は、ハル達は敵同士ですね」
「そうだね」
「その時までは、お元気で」
「それから先は?」
「それは、言うだけ野暮というものでしょう?」
「それもそうだ」
再び交わされる笑みに、穏かな空気のまま、互いに相手から一歩離れる。
「どうやら君の迎えが来たようだよ」
数十メートル離れた先に立つ、一人の影を見つけて正一は目を細めた。
個人としては余り面識の無い人影は、射抜く様な視線を此方へと送って来ている。
それ以上ハルに何かすると許さない。
そう言われている様で、正一としては肩を竦める事しか出来ない。
そんな不安は無用だと、態々口にするのも馬鹿らしかった。
「はい。それじゃ、また。何時か、何処かで」
「うん。その時まで、――さようなら」
颯爽と踵を返して去って行く姿が妙に眩しく、思わず天道を見上げた。
冬も間近なこの季節、然程陽射しは強く無い。
だというのに何故か、ハルが残す足跡の一つ一つが輝いている様に見え、正一は今度こそ本気で心の底から嘆息した。
これ程までに綺麗な恋愛を、汚さずに終わらせられるというのは、きっと奇跡的な事なのだろう。
恨む事も、憎む事も無い。
ただ互いが相手を理解し、そして最上の路線を歩み行く。
それだけで良いのだ。
きっと、恐らく。