零れた形
赤いドレスを纏った彼女は笑う。
幸せそうに、楽しそうに。
何時とは少し違った笑みを浮かべて笑う。
「ヒバリさん」
愛しい者を呼ぶ様な口調で、彼女は言葉を紡ぐ。
「ヒバリさん、ハルは」
その口元にもドレスと同じ赤い色が映えている。
「ハルはヒバリさんが大好きでした」
知ってるよ、そんな事。
昔はあの草食動物の長を追い掛けていた瞳は、何時しか自分へと向けられていた事にとっくの昔
に気付いていた。
でも何で。
何で、過去形で語るの。
「ハルは、凄く、凄く幸せでした」
だから何で過去形なんだ。
酷く苛々する。
「だから、ヒバリさん」
煩いよ。
それ以上喋るな。
目の前の身体を抱き寄せ、深く口付ける。
これ以上言葉が喋れない様に。
聞きたくもない言葉を聞けない様に。
それなのに何故。
「ヒバリさん」
言葉が聞こえてくるのか。
彼女は喋っていない。
当然だ。
僕がこうして塞いでいるのだから、喋れるはずもない。
「ヒバリさん、どうか…」
やめろ。
聞きたくない。
「どうか、悲しまないで下さい」
「私がいなくなっても」
「ヒバリさんはそのままで」
「ヒバリさんは、生きて下さい」
彼女の想いが痛い程に伝わってくる。
言葉にせずとも、仕草で、視線で、それが解ってしまう。
「さようなら、大好きな人」
そうして彼女は時を止めてしまった。
呼吸と共に。
彼女の全身から溢れている鮮やかな赤が、身体の下へ徐々に血溜まりを作って行く。
それが自分の衣服へと染み込んで来るにつれ、恐怖感が溢れ出す。
彼女の言葉を聞きたくなくて塞いだ唇。
けれど、今は切実に彼女の言葉が聞きたかった。
もう一度、自分の名前を呼んで欲しかった。
それが二度と叶わぬと知っているから、鉄の味がする口付けを怖くてやめられなかった。