交錯した末の
「ベルは天才だよ」
光り輝く中に舞うナイフの群れ。
それを華麗に操って獲物を確実に仕留める、その術こそが彼の才能。
目には見えにくいワイヤーもまた然り。
ましてやそれら二つの武器を連動させて使う等、そんな複雑怪奇な操作技術、他の誰に出来るだろうか。
「彼は心底楽しんでいるからね。殺し屋は、天性の仕事なんだと思うよ」
肉塊と血の海に立つ王子。
目の前で切り裂かれる人間に、口元の笑みは絶やされる事が無い。
血の芳香に酔った様に、ゆらりと動かされる腕。
そして耳を劈かんばかりの悲鳴と絶叫。
これが自分の快楽だと言い切る男。
「まぁ、性格は俺様でどうしようもないけど」
良く言えばマイペース、悪く言えば自己中心的。
我侭で好戦的で他人の迷惑等全く考えない。
傍にいる人間は、確実に振り回されるであろうその態度。
だって俺王子だもん、が口癖で。
「殺し以外何も出来ないよ。金銭感覚も、生活観念だって無いだろうね」
生まれは王族の血筋の中。
小さな頃から手に入らない物はないぐらいの、贅沢三昧な生活。
その殆どが求める前に与えられていた。
だからこそ、欲しいと思う気持ちが沸かない。
唯一の例外である、この少女以外は。
「そんなのでも、本当に良いのかい?」
「王子に向かってそんなのとか、失礼過ぎじゃね?」
口をへの字にしたままのマーモンを見下ろし、ベルフェゴールは凄みを利かせる。
それぐらいで動じる相手ではないと解っていたけれど。
そして案の定、マーモンは完全に無視を決め込んでいた。
ただ真っ直ぐにハルだけを見つめて。
「はひ?」
「絶対に苦労すると思うよ。僕は止めておく事を勧めるけど」
紅茶がなみなみと入ったカップに口を付けたまま、ハルはきょとんとマーモンを見ている。
「マーモーン?それ以上余計な事言うんなら、容赦しねーよ?」
そんなハルに寄り添って座っていた王子は、片手でナイフをちらつかせている。
視界に入っていないはずは無いのに、マーモンはそれも取り合わない。
「そして止めるんなら今の内だって事もね」
ファンタズマを頭に乗せたまま撫で、得体の知れない餌を与えている。
「…無視すんなっての…」
ボソリと呟いた声は、ハルにもマーモンにも届かなかった様だ。
「だーいじょうぶですよ。ハルはとっくの昔に、ベルさんと生きるって決めてますから。後悔なんてする必
要も無いですし」
最近髪を切ったばかりの少女はそう言うと、にっこりと笑って紅茶を飲む。
「そーそ。ハルは俺とずっと一緒にいんの」
マーモンにシカトされ続け、拗ねた様にそっぽを向いていたベルフェゴールは、其処でやっとニィと破顔
してハルを引き寄せる。
そうして、大人しく腕の中に納まった少女の頬に、愛しそうな口付けを送った。
「馬鹿らしい…」
今度はマーモンそっちのけでイチャ付き始めた恋人同士に、小さく溜息を吐いて部屋を後にする。
「後悔する必要はない、か…。まぁ、それもそうなのかもしれない」
ハルはとっくの昔に壊れている。
ベルフェゴールの狂気に引きずられて正気を失い、彼の世界観に合わせて生きる事が出来る様に、自
らの正義に目を瞑ってしまった。
そうしなければ、ベルフェゴールと一緒にいる事等出来ないから。
「今更か」
そんな人間に制止の言葉を掛けるのは、愚の骨頂としか言いようが無い。
覚悟の上での堕落。
それでも本人達が幸せなのであれば、それはそれで自分の口出しする所では無い。
「その方が、僕にとっても都合がいい」
ハルが此方側の人間である限り、付け入る隙も出ようと言う物だ。
何も、ベルの独り占めにさせてやる理由等無いのだから。
「…僕も、彼と一緒の様だね」
口元に小さく笑みを乗せて、再度、溜息を吐いた。