膠着状態を打破せよ、とりあえず『友人』卒業
待ち合わせ場所は、駅前の銅像の前。
周囲には花壇がズラッと並んでおり、あちらこちらにベンチが設置されている。
そのせいか、この場所はカップルの待ち合わせ場所として利用されている事が多かった。
休日の昼間とあっては、人が多いのも致し方が無いと言えよう。
しかし、もしも待ち合わせている相手が彼女でなければ、雲雀はとっくに周囲の群れを噛み殺し蹴散らして帰っている所だ。
組んだ腕がトンファーを掴むのを堪えているせいか、先程からやけに骨がギシギシと鳴っている。
目の前を行き交う人の群れが、周囲の雑音が、神経をやけに尖らせていた。
ピリピリする感情そのままを表情に乗せ、銅像に背を預けて目を閉じる。
群れを見なければ少しは落ち着くだろうと思ったが、視界が閉ざされた分、逆に聴覚が鋭敏になってしまい、余計に周囲の話し声を拾ってしまっただけだった。
我慢も限界かと思われたその瞬間―――。
「凄ぇ顔して何してんの、エース君」
待ち人では無い、しかし知っている声に、ゆっくりと瞼を開く。
「………」
其処に居たのは、最近やたらと良く見かける顔だった。
「君こそ」
手短に尋ね返すと、金髪の少年は両手を頭の後ろで組んで愉快そうに笑った。
「俺はねー、待ち合わせってヤツ?本来なら王子こんな事しねーんだけど。待たせるならともかく、待たされるなんて真っ平御免だし」
銅像の真横のベンチにどっかと腰を下ろし、金髪少年ことベルフェゴールは首だけを此方へと向ける。
「で、そっちは?」
余り話していたい相手では無かったが、雑音を聞くよりは幾分かマシだろう。
そう判断すると、溜息一つと共に口を開く。
「同じだよ」
「待ち合わせ?」
「そう」
「…なーんか、嫌な予感すんだけど」
雲雀から視線を逸らし、ベルフェゴールが明後日の方向を向いて小さくぼやく。
「残念ながら僕もだよ」
再び漏れる溜息。
同じ場所に同じ時間。
しかも相手がこの少年となれば、恐らくは嫌でもその予感は当たってしまうだろう。
「あーぁ。今日こそはハルと二人で出掛けられると思ったのにさ。何でエース君って何時も何時も俺らの邪魔するワケ?」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」
ガッカリだと言わんばかりに、ベンチにそっくり返る姿を冷ややかに眺める。
そもそも、途中から手を出して来たのはそっちの方だろう。
思わず出掛かった言葉を寸での所で押し留める。
今更言ってもどうしようも無い事だ。
諦めろと言った所で、ベルフェゴールが素直に従うとも思えない。
ならば言うだけ無駄というものだ。
「お待たせしました!」
夕方の6時を告げる鐘の音が辺りに鳴り響いたと同時に、元気の良い声が背後から聞こえて来た。
「ししっ。時間ピッタリじゃん」
「はひ、遅れるかと思って焦っちゃいました。お二人共、早いですね〜…ひょっとして、かなり待たせてしまいましたか?」
漸く現れた待ち人の、明らかなる複数を示す言葉に、ベルフェゴールが軽く肩を竦めたのが見える。
やっぱり。
そんな声が今にも聞こえて来そうだ。
「俺はぜーんぜん。そっちの方は相当苛ついてたみたいだけど」
ベルフェゴールが、無遠慮にも此方を指差して来る。
余計な事を…と思う間も無く、それを見たハルが慌てて頭を下げた。
「すみません、雲雀さん!ハル、もう少し早く出て来れたら良かったんですけど…」
「別に良いよ。それより何処に行きたいの」
組んでいた腕を解きながら近付いて行くと、ベルフェゴールもまたベンチから立ち上がる。
直ぐ様ハルの横に立つ姿に、自然と片眉が跳ね上がった。
「えっと、出来ればお二人の意見を参考にしたいなーって思いまして…」
「参考?」
ベルフェゴールが緩く首を傾げて問い返す。
その口元が微妙にへの字に曲がっている様に見えるのは、自分の気のせいではないだろう。
彼女の返事が予想出来るのは、何もベルフェゴールだけでは無いのだから。
「はい!ツナさんへちょっとしたプレゼントを贈る予定なんですが、どんなのが良いかなかなか決まらなくて…。それで、お二人にも手伝ってもらいたいのです!」
微かに頬を上気させて嬉しそうに言葉を紡ぐハルに、思わず目を奪われて無言になる。
自分ではない誰かを想ったが故の表情とはいえ、やはり可愛いものは可愛いのだ。
痘痕も笑窪とは良く聴く文句だが、ある意味それと良く似ているのではないだろうか。
そう感じたのはベルフェゴールも一緒の様で、互いに視線を交わすと仕方が無いと同時に息を吐いた。
「あんま気にいらねーけど…ま、いっか」
「予算はどのくらいの予定?」
ハルの両隣を陣取り、ゆっくり目な歩調で歩き出す。
「えっと、一応今の手持ちでこれだけで…」
財布を広げるハルから視線を外すと、自然と同じ様な体勢になっているベルフェゴールと目が合った。
左側にベルフェゴール。
真ん中にハル。
右側に雲雀。
こうして共に出歩く度に、何時の間にかそれが三人の定位置になっていた。
かち合った視線を外すと、ハルは気合を入れるかの様に何やら小さく叫んでいる。
まったく、どうしてこの自分がこんな厄介な恋愛をしなくてはいけないのかと思う。
こうして三人で歩いてはいても、真のライバルは向こう側にいる雲雀ではない。
今は此処に居ない、全くの別人なのだ。
「本当、何で王子がこんな悩まなきゃいけねーんだろ」
小さく呟いた言葉は、恐らくハルには聞こえていないだろう。
何せ彼女は先程から、真剣な表情でショーウィンドウを眺めている。
好きな男に渡す為の、大切なプレゼントを一生懸命に選んでいるのだ。
全く以って不毛だ。
「嫌なら帰れば良い」
小さいがハッキリと聞こえた呟きに、雲雀の方をチラリと見遣る。
此方を全く見る事無く、ただただハルへと視線を落としている声の主を。
「冗談。此処で帰るぐらいなら、最初から来ないっての。というか、エース君とハルを二人きりになんてさせらんないし」
「心配しなくても、二人きりになったところで何も起こらないよ。……今のところは、ね」
囁きにも似た最後の付け足しに、思わず唇の両端が持ち上がる。
「ししっ。強気じゃん」
「当然でしょ」
何でこの僕が、彼なんかに負けないといけないの。
そんな雰囲気を全身に漂わせている姿に、思わず口笛を軽く吹いた。
成る程、雲雀も諦める気は更々無いらしい。
それどころか、何時かはハルを振り向かせる気満々ではないか。
ならば、この自分もそれに乗らねばならないだろう。
最も、端からそのつもりではあったが。
完全なる宣戦布告を受け、愉快な気分でハルへと視線を戻す。
「凄い、こんなに沢山ありますよっ。ベルさん、どれが良いと思いますか!?」
目を輝かせて此方を振り返るハルに、ついつい笑ってしまう。
本当にこの少女は、どうしてこんなに鈍感なのだろうか。
「んー?あぁ、これなんか良いんじゃね?ホラ、この立体的な魚とか」
一瞬視界に入った、やけにリアルな魚の顔が描かれた財布を示してやる。
「はひ。こ、これですか…?」
「そ。これ。あいつの名前も魚っぽいし、丁度良いじゃん。このタラコ唇とか、凄ぇ可愛くね?」
「…そう言われてみれば、何だかとてもキュートに見えてきました…」
殆ど半眼になりながら、ハルはショーウィンドウを再び覗き込んだ。
「雲雀さんはどう思いますか?」
財布から目を離さず、ハルは右隣の雲雀へと話しかける。
「良いんじゃない?」
簡潔ながらも同意を示す返事に、顔を輝かせてハルが店員を呼ぶ。
「すみません、これ包んでもらえますか?」
財布を片手に店員と共にレジへと向かう後姿を眺め、近くのショーケースに肘を置いて雲雀を見遣る。
「で、本当のトコは?」
「何がだい?」
「あの財布。マジで良いと思ってんの?」
「良くないと思ったら勧めたりはしない。彼にピッタリだと思ったから賛同した、それだけだよ」
「…エース君、意外にえげつないよなー…」
既にショーウィンドウの中から取り出された品を思い出し、感心して呟くと、雲雀は人聞きが悪いと言わんばかりの表情を浮かべた。
「どういう意味かな」
「そのまんまの意味」
笑って返すと、雲雀の纏う気配がユラリと変わる。
チリチリと肌に刺さる戦闘開始間際の緊張感に、自然と指先がナイフを求めて動き出す。
が。
「どうかしましたか?」
今にも店内で闘争が起きようかという寸前、ハルがひょっこりと戻って来た。
その呑気な表情と口調に、張り詰めていた雰囲気が一気に霧散する。
「…別に」
「なんにも」
雲雀と声を揃えてハルに向き直る。
不思議そうな顔で目を瞬かせている彼女は、両腕に3つの小袋を抱えていた。
「ん、何で3つ?」
てっきりあの財布一つだけだと思ったのだが、別の品も買ったのだろうか。
ショーウィンドウを振り返れば、何時の間にか展示品3つ分の空白スペースが空いていた。
「付き合って下さったお礼です!」
嬉しそうに差し出された小袋は2つ共、ハルの腕の中に残っている袋と同じサイズをしている。
「…中身、ひょっとして沢田綱吉と一緒…?」
「はひ。柄は違いますけど。雲雀さんのはリアルバードな絵柄で、ベルさんのはリアルフォックスな絵柄です」
笑顔で説明するハルから、片手に乗るサイズのそれを受け取り、まじまじと小袋を見つめる。
「お二人は、ハルの大好きなお友達ですから!」
ハルの言葉に雲雀へと視線を流すと、何とも言えない表情とぶつかった。
そして、同時に出る苦笑。
大好きの後に付く、友達という二文字。
どうやら現在の地位は、そう簡単には覆らないものらしい。
けれど、だからこそ攻略のし甲斐があるというもの。
雲雀とベルフェゴールの口元に、不敵な笑みが浮かび上がる。
互いに交わす視線に火花を散らせながら、二人の男はしっかりと小袋を握り込んだ。
*こみちたんぽぽ様、企画に参加させて下さりどうも有難う御座いました!!*
*読んで下さった方々にも、深く深く感謝致します。*
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