見舞うもの
骸戦の後、負傷した綱吉達は全員病院へと運ばれた。
その報告を受けたハル達は、慌てて病院へと向かった。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
病室の扉を開けると其処には、ツナ、山本、獄寺、フゥ太の四人が元気そうに談笑している姿があった。
「あ、ハル姉達」
「よ」
「ゲ、アホ女」
「ハル?京子ちゃんも」
四人は一様に扉前に立つハル達を見た。
「良かったー…」
その姿に、ハルは京子と手を取り合って喜んだ。
室内には少年四人の姿しかなく、他のベッドは空っぽだった。
どうやらこの部屋はこの四人しかいないらしい。
ハルは病室を見渡して、其処に後二人の姿がない事に気付いた。
「はひ、ビアンキさんの姿がありません」
「あぁ、ビアンキは女の人だから病室は別だよ。それに、もし一緒だったら獄寺君の怪我は一生治らないだろうしね…」
「うぅ、思い出しただけで腹が…」
途端に顔を青くして腹を抑える姿に、獄寺をのぞく全員が笑った。
「ツナ君達、もう動けるの?」
「うん。最初は全然動けなかったけど、今はもう平気。って言っても、まだ走り回ったりは出来ないけどね」
京子に顔を覗き込まれ、ツナは顔を赤らめた。
「オレは大丈夫ッスよ、10代目!」
「オレも素振りに走り込みぐらいなら出来そうだ」
「僕も明日にはもう退院出来そうかな」
「なっ…!!みんな丈夫過ぎ!」
再び病室が賑やかになり、会話が一段と弾む。
「あれ?ハル、どこいくんだ?」
その時、病室から出て行こうとしているハルに気付き、綱吉が顔を向けた。
「あ、ちょっとビアンキさんの所に行って来ますね」
「わかった。オレ達も後で行くから、そう言っといて」
「はい。それじゃ」
笑いながらハルは病室を出る。
そのまま数歩行くと、ビアンキのいる部屋へ続く扉の前に立った。
ノックすると、すぐに中から返事が上がった。
「ハルなの?」
「はい、よく私だって解りましたね」
許可されれば扉を開き、室内を覗き込む。
ビアンキは一番奥のベッドに身を起こしていた。
此処はどうやら個室らしい。
窓から優しく吹き込む風に髪を揺らせたビアンキは、優しい微笑でハルを出迎えてくれる。
「隣から声が聞こえてきてたわ。此処の壁は薄いのね」
言われて耳を澄ませば、確かに隣室の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
それらの殆どが爆笑と怒鳴り声だったりする。
ちなみに怒鳴り声の殆どは獄寺のものだ。
これは壁が薄いのではなく、彼らが騒がしいだけなのではないだろうか。
「お見舞いに来てくれたの?」
「はい!これメロンなんですけど、良かったら食べて下さい」
此処に来る直前で買ってきた籠入りメロンを、サイドテーブルの上に静かに置く。
ビアンキの容態はどうやら良好な様で、その動きにも不自由な箇所はなさそうだ。
改めてホッと息を吐くハルに、ビアンキはクスリと小さく笑った。
「ハル、本当はもう一人が気になるんでしょう?」
「はへっ!?」
ビアンキの突然の言葉に、ハルは思わずサイドテーブルに腕をぶつけてしまった。
けれど余りの驚きに痛みを感じる事はなく、ただビアンキを見返してしまう。
「視線、さっきから誰かを探してるわよ」
「う、うぅ…。気付いてましたか」
「えぇ」
可笑しそうに笑うビアンキに、ハルは赤面する。
綱吉達のいる病室でも思わず探してしまった人物を、ビアンキには見抜かれてしまっている様だ。
「彼なら多分、別の棟にいると思うわよ。病院側が静かな病室を提供していたはずだから」
「はひ…。元気なんでしょうか」
「えぇ、多分。行ってあげなさいな」
「あ、はい。有難う御座います、ビアンキさん」
ハルは頭を下げると開いたばかりの扉を潜って廊下に出た。
そこで「あ」と一声漏らすと室内を振り返る。
「後でツナさん達がこっちに寄るって言ってました!」
それだけを伝えると、足早に病室を後にした。
雲雀が治療を受けて目を覚ました時、室内には自分以外誰もいなかった。
それもそのはず、以前からこの病院は雲雀に掌握されている。
雲雀が寝ている最中に同室人が少しでも物音を立てようものなら、完膚無きまでに叩きのめしてしまうという事を、この病院長は良く知っていた。
だからこそ雲雀が入院すると、大抵は個室を与えられている。
「……」
身を起こすと、身体の節々が痛むのを感じた。
骨の数本は折れており、顔にはまだ痣も残っている。
あの骸という人物の顔を思い出し、眉間に皺が寄る。
今すぐにでも、彼を噛み殺したくて仕方がなかった。
よって、雲雀の機嫌は最悪だった。
それを知ってか知らずか、余程の事がない限り看護婦も医師もこの部屋には近寄ろうとしない。
院長達に言い含められているのだろう、廊下もまた室内と同じく静まり返っていた。
包帯の巻かれた己の身体を見下ろし、ギリと歯軋りをした瞬間、廊下の方から足音が聞こえてきた。
その足音は明らかにこの部屋を目指しているものだった。
誰かは知らないが、今は邪魔されたくはない。
常に身につけているトンファーを構え、触れれば切れそうなぐらい鋭い視線を扉へと向ける。
「こんにち――」
ビアンキとは違い、ノックも無しに病室へと入ったハルを出迎えたのは、射殺しそうな目を持った少年の姿だった。
「は……です」
相手の表情にハルの言葉が尻すぼみに小さくなった。
「何しにきたの」
全身から「帰れ」と言わんばかりのオーラを発して、雲雀は腕組みをして此方を見ている。
トンファーはハルが現れた時点で、既にシーツの上へと放り出されていた。
「お見舞いです!」
相手のオーラに思い切り気圧されながらも、ハルは扉をきっちり閉めてベッドへと近寄る。
こんな事でめげている様では、とてもではないが雲雀の傍にはいられない。
「余計な世話だよ。出て行ってくれる?」
「嫌です」
冷ややかな声で告げられた言葉を、即答で断る。
何時もなら引き下がる所だが、今日のハルは少しだけ勇気があった。
いや、勇気というよりは自分への怒りだったのかもしれない。
包帯の巻かれた雲雀の胸が、病人用衣服の合わせ目からのぞいている。
唇の端には切れた跡、目元には変色した痣が残っている。
それを見た瞬間、ハルは自分が情けなくなったのだ。
普通なら、明るく励ます。
早く元気になって欲しいと、相手に伝える。
けれど、雲雀相手にそれは出来なかった。
そんな言葉を口にした途端、このプライドの高い少年は脳の血管が切れかねないだろうから。
しかし、励ましの言葉に代わる何かをハルは持っていない。
少なくとも自分ではそう思っている。
だからといって、此処で帰るのは嫌だ。
綱吉達も心配だったが、それ以上に雲雀の傍にいたかった。
「………」
「………」
二人は黙ったままじっと見詰め合った。
もとい、睨み合った。
先に視線を外したのは意外にも雲雀の方で、溜息を吐いてベッドへと転がってしまった。
「勝手にすれば」
まるで子供の様に不貞腐れて毛布を被る彼の姿に、ハルの中で燻っていた小さな怒りは消えてしまった。
「ぷはっ。あは、あはははっ、ヒバリさん、可愛いです」
盛大に噴き出して雲雀に抱きつく。
怪我を考慮して、そっと優しく。
雲雀は無言だったが、ハルの腕を払い退け様とはしなかった。
先程まで最悪だった気分が、何故か落ち着きを取り戻していたからだ。
恐らく、ハルの姿を目にした時から。
「………」
それに気付いた瞬間、雲雀は眉間に思い切り皺を寄せて半身を起こした。
「わわっ」
突然の行動にハルは雲雀から転げ落ちそうになり、慌ててベッドの端に捕まって身体を支える。
「危ないじゃないですか、ヒバリさん!」
「何だってこんな草食動物に…」
雲雀はボソリと呟き、小さく溜息を吐いた。
骸への怒りが消えた訳ではない。
そんな事はあり得ない。
彼を噛み殺すまでは、決してこの怒りは治まる事はないだろう。
けれど、何故かこの少女の前では、激しい怒りは身を潜めてしまった。
ハルはそこにいるだけで、十分雲雀の心を癒していた。
「?」
じっと見つめられてハルは首を傾げた。
彼女は恐らく、雲雀にとっての自分の存在効果を知る事はないだろう。
「三浦」
「はひっ」
とてつもなく重低音な声で名を呼ばれ、ハルは飛び上がって身を起こした。
ベッド脇に立ったまま、雲雀を見下ろす。
それが気に食わなかったらしく、ハルはあっと言う間もなく雲雀の腕の中にいた。
「見下ろされるのは好きじゃないんだ」
耳元で囁かれる声に、ハルは硬直する。
目の前には包帯だらけな雲雀の胸。
耳が拾うのは雲雀の声と、心臓の音。
そして感じる雲雀の熱。
抱き合った事は何度かあるけれども、こんなにも相手を間近で感じたのは初めてだった。
乱れる事のない規則正しい心音に徐々に硬直は解けていき、ハルはその音へと大人しく身を任せた。
その空間が心地良く、気付けばハルもまた雲雀の背中に両腕を回していた。
自然と顔が近くなり、唇が重なる。
何度も何度も、触れるだけのキスを繰り返し、互いの髪を梳く。
滅多に交わす事のないこの行為は、それだけに二人にとって貴重な時間だった。
けれど、幸福な時間はそれ程長くはなかった。
「ハル、大丈夫か!?」
突然室内の扉が開き、綱吉が飛び込んできた。
続いて獄寺や山本の姿も現れる。
「はひ!」
「…」
今もまさに抱き合っていた二人は、速攻で離れた。
ハルが飛び退ったせいで、離れざるを得なかった。
雲雀は突然軽くなった己が腕をじっと見遣り、続いて室内へドヤドヤと現れた一行へと視線を向ける。
そうして静かにトンファーを手にした。
「え…あれ、二人とも……?何時の間にそんな関係に?」
衝撃的な場面を目撃してしまった綱吉達は、ベッドから降り立つ雲雀の姿に青ざめる事となる。
「覚悟はいいかい」
「いや、ちょ待っ――」
轟音と絶叫、爆破音。
病室は一瞬にして戦場と化した。
そうして全員仲良く、入院日数が長引く事となった。
「そういえば、見舞いの品はないの」
翌日再び病室に現れたハルに、雲雀は胡乱な視線を送った。
「ありますよ〜っ。ジャーン!」
それを受けた少女はにっこりと笑うと、背後に隠し持っていた物を自慢気に差し出した。
鉢植えの、ミニサボテンを。
「………………」
「はひ?ヒバリさんどうしたんですか?」
「これは嫌がらせかい?」
「な、何でですか!」
「………」
「せっかくヒバリさんにそっくりだと思って買って来たのに、ひどいです」
「酷いのはどっちだ」
其処に根付くという意味合いから、入院患者に鉢植えの品を持ってくるのは禁忌。
それに加えてサボテンに似ていると言われて誰が喜ぶのか。
二重の意味で雲雀は溜息を吐いた。
しかしその日から、雲雀の病室にサボテンが飾られる事となる。