▼ランチア×M・M
信じられない。
思わず立ち止まり、窓越しに室内を凝視する。
掘っ立て小屋に毛が生えた程度の家の中に、見知った顔がある事に気付いて立ち止まったのはもう10分も前の事。
片手に提げた高級ブランド店の袋が、そろそろ重くなり始めている。
それでもその場を立ち去れないのは、単に目の前で繰り広げられている珍妙な光景のせいに他ならない。
「なんだ、居たのか…」
やがて家から出て来た男の台詞に、漸く呪縛を解かれた様にM・Mは顔を上げた。
「あんたが子供好きだったなんて、意外だわ…」
「良く言われる。確かに嫌いではないが、迂闊に歩けんから怖くもある」
下手をすると踏み潰してしまいそうでな、と今までに見た事の無い様な顔で男は笑った。
再び窓へと視線を移せば、数人の幼い子供達が無邪気に走り回ったり遊んだりと忙しなく動いている様が見える。
先程まで床に座り込み、そんな子供達の相手をしていた男の姿に、正直自分は幻を見たのではないかと思ってさえいた。
しかし、彼の口ぶりからしても、どうやらあれは自分の見間違え等ではないらしい。
「しかしお前、出歩いて居て平気なのか」
「何がよ?…っていうか、ランチア。あんたちょっと屈みなさいよね。話すのに首が疲れんのよ」
自分より30cm以上も背の高い相手に、M・Mは不機嫌そうに命令する。
「…これで良いか?」
彼女の言葉にアッサリと従い、ランチアと呼ばれた男は僅かに腰を屈めて視線を合わせた。
「…何かムカツクわね…」
「お前が言った事だろう」
まるで子供扱いされた様で、M・Mの不機嫌は更にエスカレートしてしまう。
理不尽な言い草に、ランチアは呆れて溜息を漏らした。
「それで、平気って何の事よ」
結局は腰を曲げさせたまま、M・Mはツンと顎を逸らす。
「お前も脱獄した身だ。皆まで言わずとも解るだろう」
「あら、心配してくれてるの。お優しい事で。お生憎様、私はこれでもプロの殺し屋なのよ?ヴィンディチェにさえ気を付けていれば、早々捕まったりはしないわよ」
「そうか」
少女の言葉を聞けば何処かホッとした表情で、ランチアは上半身を起こして歩き出す。
「ちょっと、何処行くのよ」
「家に戻るんだ。練習をせねばならんからな」
「練習…?」
「あぁ、折鶴とかいうヤツを作れる様になっておけと言われた」
真面目に答える男の口から出た言葉に、M・Mの目が見開かれる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。折鶴って、まさか折り紙の…?」
「そうだ」
「…あんたが折るの?折り紙を?」
「さっきからそう言っている」
「………」
本気で言っているのだろうか。
否、冗談を言う様な男ではないから恐らくは本気なのだろうが、彼に折り紙を折る姿なんて余りにも似合わない。
此処は是が非でもジョークだと言って欲しいところだ。
「それ、あの子供達に言われたの?」
「あぁ。何でも折鶴を千匹作るんだそうだ。母親が病気でな、鶴に願い事を捧げるらしい」
「…千羽鶴ね」
ランチアが机に向かってせっせと折り紙を折る等、不気味以外の何物でも無いが、事情は大体飲み込めた。
日本に伝わる千羽鶴の風習は、どうやらこのイタリアにも伝わっているらしい。
かつて骸に操られていた最中、彼が殺してしまった者達の家族を訪ねて回っている男の姿に、M・Mは小さく鼻を鳴らして後を付いて行く。
あの子供達は、既に父親を失ってしまった哀れな存在という訳だ。
だが、訪ねて来るこの男が自分達の父親を殺したのだという事に、果たして彼等は気付いているのだろうか。
病気の母親は勿論知っているだろうが、追い出されていないところを見ると、どうやらあの家族には…少なくとも母親の方には許して貰えたらしい。
金以外に興味の無い自分には全く関係のない話ではあるが、この時は何故か気まぐれ心が擽られた。
「知ってるの?折り方なんて」
「知らん。だが、調べれば解るだろう」
「折り紙を売っている店も知らない癖に、馬鹿ね。ちょっと、これ持って頂戴」
片手にしていた袋をランチアに押し付け、相手を無理矢理に立ち止まらせる。
「何故オレが…」
「つべこべ言わずに持ってなさい。仕方ないから、私が教えてあげるわ。まずは折り紙を買わなきゃいけないわね…えーっと、確かこの先に雑貨店があった筈…」
言葉を遮られた男を顧みもせず、M・Mの頭が辺りを一度探る様に揺れ動く。
「あぁ、あっちだわ。ホラ、ぐずぐずしないで行くわよ」
「ちょっと待て。幾ら払わせる気だ?」
颯爽と先に立って行こうとする後姿に、ランチアの右手が伸びる。
掴まれた肩にチラリと視線を遣り、M・Mは小馬鹿にした様に笑った。
「あんたに骸ちゃん並の報酬なんて期待してないから安心して。そうね、今日は気分良いから相場の半分で良いわ」
「やはり金は取るんだな…」
「当ったり前でしょ?無料奉仕なんてやってらんないし。良いじゃない、手っ取り早く鶴の折り方が解るんだから。これでも大サービスよ?それとも、一人でジメジメ部屋の中で折鶴に苦戦していたいの?言っとくけど、あれは説明書き読んだくらいでは簡単には折れないわよ。見た目に反して結構難しいんだから」
左手を腰に当てて勝気な瞳で見上げて来る少女に、ランチアは降参して片眉を上げて見せる。
「解った。頼むとしよう」
「最初からそう言いなさいよね。全く、世話が掛かるったら」
漸く離れたランチアの手を一瞬だけ見つめ、M・Mは改めて足を踏み出した。
相場以下で動く等、滅多にしない事だ。
金は多いに越した事はないのだから、それこそどうしようもない時ぐらいにしか、相場以下での仕事を請け負う事は無い。
「良いのよ。別に仕事じゃないんだから…」
まるで自分に言い聞かせる様にして呟き、背後からランチアがついてくる事を確認して、M・Mは歩き続けた。
これから見られるであろう、折鶴に苦戦する男の姿を想像し、小さく笑いながら。
▼白蘭&5歳はる(節分)
「びゃくー。なっつ、あげる」
「ナッツ?」
足元にちょこまかと走り寄って来た、小さな子供の背丈に合わせ、白蘭はその場に屈み込んだ。
はるの目元に視線を合わせると、可愛らしい笑顔が返って来る。
しかし次の瞬間、その笑顔が突然掻き消えた。
否、目の前が真っ暗になった。
「これ、これ」
「………」
嬉しそうなはしゃぎ声に、到底怒る気にもなれない。
相手はまだまだ未熟な子供なのだ。
少々瞼が痛い程度で済んだのだから、此処は多目に見るべきだろう。
勢い良く顔に押し付けられた袋を目の上から退けると、半透明な袋にでかでかと書かれた日本語が見えた。
「『ぴーなっつ』…これ、ハルが書いたの?」
「うん。はるが、かいた」
「あぁ、もう文字まで書ける様になったんだ。早いなぁ」
ヒリヒリする目元を擦ると、白蘭は落花生が大量に入った袋をじっと眺める。
「しょーとすぱが、まいにちおしえてくれてるから、ほかにももっといっぱいかけるよ」
「偉い、偉い。それでどうして、僕にピーナッツを?」
「きょう、せつぶんなんだって。しょーがいってた。だから、まめ」
「あぁ…そういえば2月3日だっけ。それじゃ、豆撒きしないとだね」
「はひ。おにはそと、ふくはうち?」
「そうそう」
はるの頭を軽く撫でると、そのまま片手で小さな身体を抱え上げる。
きゃっきゃと歓声を上げて、はるは白蘭の服にしがみ付いた。
「何処でしようか」
「しょーのへや!」
「正チャンの?何でまた…」
「すぱがまえにいってた。しょーは、しごとのおにだって。だから、おにをおいださないと、しょーがたいへん!」
「あははは。それもそうだね。じゃぁ、決まりだ。正チャンの部屋に行こうか」
「うん!!」
元気の良い返事に後押しされる様にして、白蘭は足先を正反対の方へと向けて歩き出す。
このまま真っ直ぐ100メートルも行けば、直ぐに正一の執務室に着く筈だ。
「正チャン、鬼を追い出したらきっと泣いて喜ぶよ。だから目一杯ぶつけてあげようね」
「はひ、わかったー」
こくこくと何度も首を上下するはるに笑い、白蘭はもう片方の手にぶら提げた落花生入りの袋を軽く揺らして歩いた。
これから数分もしない内に、自分とはるの攻撃から逃げ惑うであろう哀れな青年に、小さく「御免ね」と全く悪びれた様子も無いままに呟いて。
▼雲雀×ハル(同人誌の一部)
世界の暗転。
それは時として天上の楽園にも匹敵する、恐ろしい程に甘い誘惑でもあった。
絶望と歓喜は紙一重で目の前に存在し、手を伸ばせばそのどちらにも触れられる―――否、そのどちらにも成り得るだろう。
それらは全てハルの心一つ。
彼女の捉え方次第で、この生活は天国にも地獄にも変わるのだ。
「ヒバリさん」
綺麗な声だと思う。
実際は掠れて聞き取りにくい声だというのに、耳から入って来たそれは、どうやら脳内で見事に摩り替えられてしまっているらしい。
「何?」
「―――は、何処でしょう」
「さぁ。知らない」
「おかしいですね…。一緒にお昼を食べる約束をしたんですけど、何処に行ってしまったんでしょう」
「…三浦」
「ねぇ、ヒバリさん。一人は寂しいですし、ご一緒してくれませんか?」
一日に何度と無く繰り返される同じ会話。
しかしそれを苦だと思う事は無い。
何故なら、彼女が生きているから。
そう、少なくとも『生きて』はいる。
「良いよ」
短い返事に、ハルは嬉しそうに微笑んだ。
▼ベルフェゴール×ハル&スパナ×ハル(バレンタインデー)
ハル「ベルさん?どうしたんですか、そんなしかめっ面で」
ベル「………べっつにー?」
ハル「別にー?って雰囲気じゃないでしょう」
ベル「ハルが気付かなけりゃ意味ねーし。良いっつーの、もう」
ハル「ひょっとして、バレンタインにチョコ渡せなかったの、怒ってますか?」
ベル「………」
ハル「すみません。ハルその日は忙しくて」
ベル「へー。エース君とイチャイチャしてる時間はある忙しさなワケ?」
ハル「はひっ。仕方ないでしょう!今年は雲雀さんの番だったんですから」
ベル「確か去年もエース君だったよな」
ハル「そ、それは…。来年こそはベルさんの番ですから!」
ベル「どーだか」
ハル「そんなに拗ねないで下さいよー。ハル、今日はベルさんに手作りチョコ持って来ましたので!はい、どうぞ」
ベル「………」
ハル「…やっぱり当日じゃないと駄目ですか?」
ベル「仕方ねーから、貰っといてやるよ。ししっ。王子の優しさに感謝しろよな、ハル」
ハル「あ、突然機嫌が直りました」
モス「ピー、ピー、ピー」
ハル「…?あ、モスカちゃん、どうしたんですか?」
モス「スパナガ、寂シソウニ作業シテイマス」
ハル「はひっ!?」
ベル「うわ。機械使って言う?フツー」
モス「私ハ、自分ノ意思デ話シテイルダケデスガ」
ハル「そういえば人工知能チップを開発するとか、以前言ってましたね。成功したんでしょうか。あ、スパナさんはどちらに?」
モス「隣ノ部屋デス」
ベル「ハル、まさかあいつの分も用意してる?」
ハル「勿論です。今日はお二人に渡す為に来たんですから」
ベル「……ふーん」
ハル「ちょっと行ってきますね」
ベル「…オレも行くか」
モス「貴方ハ此処デオ待チヲ」
ベル「ちょ、気安く王子の肩掴むなっつーの!切り裂いてやろーか?」
モス「出来ルモノナラ、ドウゾ」
ベル「良い度胸してんじゃん。オレ今機嫌悪ぃし、後悔すんなよー?」
ハル「スパナさんー、入りますよ?」
スパ「……ん」
ハル「あの、お邪魔でしょうか」
スパ「…別に」
ハル「何だか此方にも拗ねている方がお一人…」
スパ「何か用?」
ハル「はひ。あ、はい。あのですね、今日はスパナさんにチョコレートを持って来たんですよ。バレンタインには渡せなかったので…これ、良かったらどうぞ!」
スパ「いらない」
ハル「はひ」
スパ「いらない」
ハル「スパナさん、もしかして凄く拗ねてます?」
スパ「別に」
ハル「…ベルさんより大人な分、余計意固地になってる気がします…」
スパ「ウチ、これから新型モスカ作るから。他に用がないなら出てって」
ハル「はひー…。チョコレートキャンディーでも駄目でしたか」
スパ「…キャンディ?」
ハル「はい、キャンディです。スパナさん、何時も口にキャンディスティック銜えてますので、そっちの方が良いかなって」
スパ「ウチ用に作ってくれたんだ?」
ハル「そうですね。他の方は全員、チョコレートで形を作るタイプの物でしたし」
スパ「…なら、貰う」
ハル「はひ、本当ですか!?」
スパ「ん」
ハル「良かった。嬉しいです」
ベル「何が嬉しいんだっつーの。どう見てもオレよりガキじゃん、こいつ。自分が他よりちょっと違う扱いされて喜んでるだけじゃん」
ハル「あれ、ベルさん。何でモスカちゃんに羽交い絞めにされてるんですか?遊んでる訳じゃ…ないですよね、どう見ても怒り顔ですし」
ベル「ハルお前、王子が好きでこんな格好してると思うワケ?」
モス「スミマセン、スパナ。此処マデ近付ケサセル予定デハ無カッタノデスガ…」
スパ「良いよ。ありがと、モスカ」
ハル「あ、スパナさんが笑いました」
ベル「ハルの目は節穴?こいつさっきから笑ってんじゃん。心の中で。見え見えだっつーの」
ハル「?」
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