▼白蘭×ハル
誰が為、君が為。
望むのは只一つ。
欲しいのも只一つ。
決して手に入らないからこそ、余計に求めずに居られない、甘い甘い君の愛。
ねぇ、どうすればそれを僕だけに向けてくれるのかな。
君の願いなら何でも叶えてあげるよ。
彼等の命乞いをするのであれば、それも許してあげる。
だから、僕だけを見てよ。
そうすれば君の心配事は全て解消されて、僕も君も、全員が幸せになれるでしょ。
他の子を見ている彼の為に、君が泣く必要もなくなるでしょ。
僕が言う事は間違っている?
ねぇ―――。
「ハル」
目覚めた瞬間、脳内で幾度と無く繰り返されていた言霊は霧散して、目に映る青年だけがクリアに広がった。
「……は、ひ」
喉が酷く焼け付く錯覚。
これは薬のせいだろうかと、ハルは上半身を起こしながら白蘭から視線を逸らす。
日に日に重くなって行く身体が、思考や感覚さえも麻痺させている。
「頭は大丈夫?」
「それ、ハルの頭が悪いって意味ですか…」
「違うよ。痛みはない?って事」
「ノープロブレムです。今日は気分も良いですし」
まだ笑顔が保てるだけの気力は残っていたらしい。
ヒクリと痙攣する頬を抑え、口端をゆっくりと上げて青年へと向けた。
「良かった。何か食べられるなら持って来るけど、どうする?」
「いらないです」
「点滴だけじゃますます悪くなるよ。少しでも口に入れられそうな時に、入れておかないと」
「それじゃ…そうですね。フルーツが良いです」
「解った。ストロベリーとかピーチとか、その辺りで良いかな?」
「はひ」
「直ぐ持って来るから、待ってて」
口から直接取り込む栄養が極端に無いせいか、ガサガサでささくれ立ったハルの唇にゆっくりと口付け、白蘭は嬉しそうに部屋から出て行く。
その後姿が完全に消えてから、ハルは痩せ細ってしまった己の腕を見下ろした。
其処から伸びている透明なチューブから、生きていくのに必要な栄養が次々と送り込まれている。
自分が望むと望まざるとに関わらず、この忌々しい管はハルの身体を生かそうと必死だ。
吹き込む風が、白いレースのカーテンをふわりと舞い上がらせる。
一つしか無い窓から差し込む日の光の加減から、今が昼を過ぎたばかりなのだと解った。
この部屋に入って、もう何ヶ月になるだろう。
ボンゴレの皆は元気にしているだろうか。
「ツナさん…」
最近は思い出す事すら少なくなってしまった人物の名を口にして、ハルは一人小さく笑う。
あぁ、以前まではその名を呼ぶだけで、あんなにも胸が騒いだというのに、今ではもう何の感情も沸かなくなってしまった。
それは単純に考えても、薬だけのせいではない事が解る。
最初は忌み嫌っていたあの白い青年。
彼の存在が直接的な原因だ。
苦しい心に囁き掛けて来た、濃密な甘言に自分が身を投じたのは、何もボンゴレを救いたいだけの一心では無い。
綱吉から離れられないこの心を、無理にでも剥ぎ取ってくれる存在が欲しかった。
それが敵方であった白蘭になってしまったのは、相当な計算違いだったけれど。
いい加減、楽になりたかったのだ―――この自分も。
「………」
視界の端に映る点滴と、そしてテーブルから溢れんばかりに置かれている花束の数々。
綱吉から離れて幾日もしない内に、拒食症となって倒れてしまった自分の為に、毎日の様に白蘭が持って来てくれている大量のプレゼント。
泣きたくなる程に、全てが厭わしかった。
「白蘭さん…白蘭さん」
ハルを手に入れてからというもの、見違える程に人が優しくなってしまった青年が、閉じた瞼の裏にもクッキリと浮かび上がる。
綱吉の残像が掻き消されてしまう位、既にハルの心の大半を占めてしまった、彼の存在。
これだけ愛されていて、心が動かされぬ訳が無いのだ。
何時しか白蘭を好きになってしまっていた自分に、ハルは両手で顔を覆い隠して深い息を吐く。
望むものをくれた彼に、感謝はしている。
けれどこれが幸せな事かと問われれば、素直に頷ける筈も無い。
自分が自分では無くなる様なこの感覚が、とてつもなく恐ろしかった。
綱吉を忘れてしまいつつあるこの自分が、とてつもなく情けなかった。
この状況は、自分の望みそのものだったというのに。
だから、言えない。
そして、彼を受け入れる事も出来ない。
恐らくこれから先、一生もの間。
「御免なさい、御免なさい、御免なさい…」
本当に卑怯なのは、この自分だ。
綱吉以外の誰かを愛する事がこんなにも怖いだなんて、想像もしなかった。
もう誰に謝っているのかすら解らない言葉を、ハルは繰り返し口にして泣いた。
▼5歳はる(バレンタインデー)
正一「………」
はる「しょー、はい。ちょこれーと」
正一「え、これチョコレート?」
はる「うん」
正一「…黒い残飯じゃなかったのか…」
はる「ざんぱん?」
正一「あ、いや…。貰うよ。有難う、はる。…ところでこれ、手作り…だよね。どう見ても売ってるとは思えないし」
はる「うん。はるが、つくった。たべて、たべて」
正一「あ…あぁ。後で頂くとするよ。今はちょっとお腹一杯で…」
はる「びゃくが、しょーはまだおひるごはんたべてないって。だからおなかすいてるだろうから、はやくたべてもらえっていってたよ?」
正一「白蘭サン…余計な事を」
はる「しょー、たべたくない?」
正一「いや、そんな事は無いよ。うん、美味しそうだな。食べるよ、……うん」
はる「?…しょー、くちがひきつってる」
スパ「………」
はる「あ、すぱ」
正一「おいスパナ、顔色が悪いぞ」
スパ「…ちょっと、当たって…」
正一「まるで死人みたいな色だな。どうし――もしかして、はるのチョコレート食べたのか」
スパ「うん」
正一「………」
白蘭「あっはっは、スパナ君は胃が弱いんだね」
はる「びゃくー!」
白蘭「よしよし。はる、正チャンにチョコレートは渡せた?」
はる「うん。しょー、もってるよ。まだたべてないけど」
白蘭「あれ、そうなんだ?駄目だなぁ、正チャン。せっかくはるが作ってくれたんだから、ちゃんと食べないと。スパナ君も食べたでしょ」
正一「…白蘭サンは食べたんですか」
白蘭「勿論だよ。可愛いはるの手作りだからね」
はる「びゃく、ぜんぶたべてくれたよ。すぱもぜんぶたべてくれた!」
正一「……嘘だろ」
スパ「ん、ホント。でもウチ、もう限界かも…」
白蘭「ほら正チャンも早く。はるが待ってるよ?」
正一「う…」
スパ「御免、もう無理。医務室行って来る…」
はる「すぱ、だいじょうぶ?」
スパ「………」
白蘭「返事する気力も無いみたいだねー」
はる「?」
正一「僕もああなるのかな…いや、その前にぶっ倒れるか、そのどっちかなんだろうな…きっと」
▼骸×ハル
君が其処に居るという奇跡。
僕が此処に居るという軌跡。
想いが適うという重さは、何と苦しく長い道のりなのだろうか。
結ばれるも破れるも常に紙一重で存在し、そしてそれは何れにせよ寿命という終焉を迎えて砕け散る。
輪廻転生で再び巡り逢う事が出来たとしても、それは延々と同じ標を辿って繰り返されるのだ。
「ハル」
「はひ?」
振り返る少女の姿が、瞼の裏にまで焼き付いて離れない。
自分に向けられる笑顔が、脳髄の中にまで浸透して消えてはくれない。
あぁ、いっその事このままこの手でその命を断ち切れたなら。
そうすれば、死して尚も僕の傍に居てくれるのだろうか。
「ハル」
呼び掛けに応えるは、無垢な魂そのものな視線。
全てを見透かす様な、けれど何も知らない、そんな汚れの無い純真な子供そのものな瞳。
どうか。
どうか、どうか、どうか。
君はその瞳のまま、汚れのないままで。
何時までも僕の傍に在って下さい。
▼ミニスパナ(ミルフィオーレ×ハルチャット会のネタ。スパナが人形サイズになってます。)
コチンと窓に何かが当たる音がした。
最初は木の葉か何かが窓に当たったのだろうと思っていたのだが、それは次第に回数と数を増やして行き、最終的には何処か恨みがましい声音まで聞こえて来る様になった。
「…!?」
余りにも不気味な音の唱和に飛び起き、室内の電灯を点けると窓へと駆け寄る。
カーテンを勢い良く開くと、其処には無数のスパナがいた。
「ひ……!」
窓ガラスを埋め尽くさんばかりのその数に、正一は思わず窓から飛び退く。
「正一、寒いから開けて」
「正一、お腹空いたんだけど」
「正一、飴持って無い?」
「正一、この家防犯装置付いてない」
「正一、無用心過ぎ」
わらわらと窓ガラスにたかっているスパナの群れが一斉に喋る様は、どう見ても純粋にホラーである。
ましてや今は真夜中。
外は闇に沈んでいるから尚更だ。
「な、な、何やってんだお前は!」
正体が解るや否や、正一は再び窓ガラスに近付き鍵を外した。
冷たいガラス戸に隙間が出来るや否や、スパナ達は次から次へと部屋の中へと飛び込んで来る。
「ん、此処なら温かいな」
「こっちはちょっと寒いから、暖房付けて。正一」
「あ、ウチが一人足りない…」
「本当だ。飛ばされたのかな」
「正一、探して」
「何か食べる物ある?」
「ウチ、疲れた。先に寝る」
「あ、ウチも」
「ウチも寝よう」
「ベッド借りるよ、正一」
「飴欲しいな…」
「あっちの部屋にある?」
部屋の中に入って人心地付いたのか、先程以上にスパナの群れは好き勝手に喋りながら部屋中を歩き回っている。
もうこのまま全員踏み潰してしまおうかと、正一は片足を上げかけていた。
「少しは静かにしろ、勝手に歩き回るな、ベッドに寝るんじゃない!」
結局一人一人を捕まえてテーブルの上に放り投げる事にしたが、それでもスパナ達が黙る筈も無く、部屋中は喧騒に包まれていた。
「お前ら…一体僕の部屋に何しに来たんだ…」
怒鳴るだけ無駄だと早々に諦めた正一は、ガックリと肩を落とし小さなタンポポ人間達を眺める。
「ん、暫く正一の世話になろうと思って」
「は?」
一番近くに居たスパナがさらりと返答するも、耳が勝手に聞く事を拒否したらしく、その意味を理解するのに数秒間掛かった。
「という訳だから宜しく」
「宜しく」
「宜しく」
「飴無い?」
「じょ、冗談だろ…」
一人に習い、次々と此方を仰ぎ見るスパナ達に、正一は呆然と呟く事しか出来なかった。
一方、風で飛ばされて逸れた一人のスパナは、ちゃっかりハルに拾われていた。
「はひ、寒くないですか?」
「平気。飴、ありがと」
「なら良かったです。丁度買い置きしてたのがあったので、まだ欲しかったら言って下さいね。また砕いてスモールサイズにしますから」
「ん」
甲斐甲斐しく世話をするハルは、飴を舐めながら人形用のベッドに座るスパナの姿を眺め、にこにこと笑っていた。
まるで喋るお人形さんの様だと、嬉しそうに見守るその目が語っている。
後日、少女人形の洋服やら小物やらを着せられ、写真を撮られるとも知らず、はぐれスパナはのんびりと小さな身体で小さな幸せを満喫していた。
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