願うもの









何て皮肉なんだろう。
ハルちゃんはツナ君の事が好き。
ツナ君は私の事が好き。
そして私は…。


「京子ちゃーん」
鞄を片手に大きく手を振りながら、前方から駆け寄ってくる姿が見えてくる。
今日も凄く元気な女の子。
…私の、好きな人。
「ハルちゃん」
その場に立ち止まり、彼女が近付いて来るのを待つ。
良かった。
今日は、ツナ君のところに行かなかったんだ…。
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもない。それより、どうしたの?珍しいね」
ツナ君の傍にいないなんて。
思わず口から出そうになる台詞を、グッと飲み込む。
「実はですね、この先の向こうに最近新しい喫茶店が出来たんですよ。そこに、とっっても美味しい
ケーキがあるんです!スウィートな味でキュートな形の!!京子ちゃんも、一緒に行きませんか?」
目をキラキラさせて語る彼女は、とてもとても可愛い。
女の私から見てもそうなのだから、男の子からすれば思わず抱き締めたくなるんじゃないだろうか。
「うん、行く。ハルちゃんのお勧めなら、絶対美味しいし」
「それじゃ急ぎましょう〜。あのお店、結構混むんです」
出発しんこー、と腕を大きく振り上げて、ハルちゃんが歩き出す。
その横に並ぶ私。
もし私が男だったら、これってデートになるのかな…なんて考えたり。
そんな仮定をしても、虚しいだけだけれど。
「そういえば、この間ツナさんと会ったんですけど…」
行く道すがら、ハルちゃんは笑顔で語りだす。
その内容に、ズン、と心が少し重くなる。
小石が幾つも身体の内側に詰まれたみたいに。
「何か最近、更に格好良くなりましたよね。これからもどんどん格好良くなっていっちゃうと、ハルとしては少し心配です…」
「どうして?」
明るく聞き返そうと努めても、顔が俯き加減になってしまう。
あぁ、嫌だ。
好きな人の幸福を願えない自分も。
何も知らないで、ツナ君の事ばかり話すハルちゃんも。
そして、ハルちゃんに好かれているツナ君も。
「だって、ツナさんがあれ以上格好良くなっちゃうと、誰かに取られてしまいそうで…ちょっと不安かなって」
むぅ、と小さく唸る横顔をチラリと見遣る。
私の気持ちを知ってしまったら、彼女はどんな顔をするんだろう。
ビックリするだろうか。
困惑するだろうか。
それとも、嫌悪を顕にして逃げてしまうだろうか。
そう考えると怖くて、言い出せなくなる。
友達ですらいられなくのなら、言わない方が良い。
好きな人の傍にいられない事程、私にとって辛いものはないのだから。
そうは思っても、告げないまま彼女の傍にいればいる程、ハルちゃんの中にいるツナ君の存在を大きく感じてしまうのもまた事実。
「…大丈夫だよ。ハルちゃんは誰より、ツナ君の事を想ってるから。ハルちゃん以上に、ツナ君の事を解る人もいないと思うよ」
「はひ。そうでしょうか」
ハルちゃんはちょっと恥ずかしそうに、でも期待に満ちた目で私を見ている。
「うん」
私がしっかりと頷くと、凄く嬉しそうに笑った。
その笑顔は全部ツナ君の為の物なんだと思うと、今にも心が破れそうなぐらい辛くなる。
その度に思う。
どうして私、男に生まれなかったんだろう。
男に生まれていれば、ハルちゃんにも堂々と好きだと言えるのに。
例えそれで失恋したとしても、ちゃんとした告白は出来る。
ぎゅ、とスカートの裾を握って痛みを堪える。
「…京子ちゃん?」
不意にハルちゃんが足を止め、此方を覗き込んで来た。
「具合でも悪いんですか?」
「え、なんで…?」
ハルちゃんの顔が、心配そうに翳っている。
堪えていたつもりだったけれど、顔に出てしまっていたのだろう。
慌てて表情を取り繕うものの、ハルちゃんの顔は変わらない。
「どこか、痛そうだったから…」
ポツリと呟く声に、小さく身体が震える。
驚きと喜び。
私の些細な変化にも気付いてくれるぐらい、ハルちゃんは私の事も考えていてくれてるんだ。
そう思うと、重かった心がほんの少し軽くなった気がする。
「大丈夫だよ〜。ほら、早く行かないと席一杯になっちゃうよ?」
行き先を示し、ハルちゃんを促して再び歩き出す。
「本当に、本当に大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと足の裏が痛いなって思ってただけだし。今日、体育で走り過ぎちゃって」
「そうだったんですかー。それじゃ、早く行って休まないとですね!」
ハルちゃんはすんなりと、私の言葉を信じてくれた。
そして私の片手を握って、先に立って歩き出す。
「行きましょう〜」
にこりと笑ったハルちゃんに、少しだけドキリとする。
あぁ、やっぱりこれは友情なんかじゃないなぁと痛感。
どう考えても、それ以上の好意を持ってしまっている。
繋いだ手に、一気に血が集まった様な感覚が、私の心臓の動きを早めてしまう。
「ハルちゃん、あのね」
「はひ?」
ドクドクと高鳴る心臓を押さえる様に、空いている方の手を添える。
「私…」
今にも心臓が口から飛び出しそう。
「私ね…」


神様、どうかお願い。
この恋を実らせて下さいなんて贅沢は言いません。
だから、せめて。

せめて、告白する勇気を私に下さい。







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