お化けとジェイソンとそのまま







呼ばれて振り返るなり、雲雀はその場で固まった。
目の前にいるのは、二つの人影。
一つは、真っ白な布を頭から足先までスッポリと被った物体。
もう一つはホラー映画でお馴染みの、黒い穴が沢山空いた白い仮面を被って、チェンソーを持った物体。
恐らく前者は『お化け』で、後者は『ジェイソン』のつもりなのだろう。
「……何してるの」
もぞもぞと動くそれらを眺めた後、溜息を吐いて尋ねる。
「はひっ、バレちゃいましたか」
白い物体がビクリと仰け反り叫ぶ。
「こんな妙な仮装をするのは、君ぐらいしかいないよ」
「妙じゃありません!今日のハルはゴーストです、ほーら怖くないですかー?」
白布を纏ったハルは両手を前に垂らし、うらめしや〜と低い声音で雲雀を脅しに掛かる。
しかし、それが彼に通用するはずもない。
「で、そっちは?」
アッサリとハルを無視すると、今度はジェイソンへと視線を移す。
「言わなくても解ってんだろ。ってか、ハルー。こんな面白味の無い奴放っといて、別のとこ行こうぜ?」
金髪なジェイソンはチェンソーを片手に、雲雀の居る方向とは逆を示す。
「でも、せっかくのハロウィンですし…」
「だって、こいつやる気なさそうじゃん?構ってるだけ、時間の無駄っしょ。それに、衣装も用意してねーだろうし」
「そんな事ないですよ!雲雀さんなら、そのままでも十分怖いですから」
「…どういう意味?」
思わず半眼になる雲雀に構わず、ハルは白い布の下で何やらもがいている。
どうやら布が大き過ぎて重いらしい。
微妙な形に切り取られた目口部分を頼りに、ヨタヨタと雲雀の方へと歩いて来ると、目の前でピタリと立ち止まった。
そのまますぅっと息を吸い込み――。
「トリックオアトリート!」
布ごと両手を高く上げて自分を大きく見せながら、ハルはご機嫌な様子で叫ぶ。
その後ろでは、ジェイソンが小さく舌打ちをしてそっぽを向いている。
「という訳で、まずはお菓子を下さい」
お化けは、既に貰う気満々で両手を差し出した。
「僕がそんなもの持ってると思う?」
「はひっ…。それもそうでした」
「それに、まずはって何」
「あ、この後一緒に回って貰おうかなーって思いまして。雲雀さんの衣装も一応用意はしたんですが、さっきベルさんが誤って破ってしまって…」
「………」
無言でベルフェゴールを睨めつけるも、ジェイソンは何処吹く風でハルの横へと歩いて来た。
その態度からしても、態と衣装を破ったのであろう事が良く解る。
別に衣装を着たかった訳ではなく、いや寧ろ絶対に着なかったであろうが、故意に邪魔をされたと知ってはそれはそれで腹が立つ。
「でも、雲雀さんならそのままでも大丈夫ですから。一緒にどうですか?」
「だから何が大丈夫なの」
「それじゃレッツゴー!です!!」
「人の話を聞きなよ」
「嫌なら来なきゃいーじゃん。オレとハルの二人で回るからさ」
ヨタヨタと先に歩き出すハルを追いかけ、ベルフェゴールが通り過ぎ様小さく呟く。
しっかりとそれを聞き取った雲雀は、ムッと眉を寄せると負けじと競歩の如き勢いでベルフェゴールの横に並ぶ。
「来んの?」
思い切り嫌そうな声音のジェイソンに応えず、雲雀は無言のままハルの後に続いた。




異様な風体の二人と雲雀の三人組に、道行く人々がまるで避ける様にして居なくなっていく。
白いお化けだけならまだしも、その背後には本物のチェーンソーを持ったジェイソンと、有名なあの雲雀恭弥がいるのだ。
避けられて当然といった所だろう。
「…どうしてでしょう。この時間帯ならまだ人が一杯いるはずなのに、誰もいません…」
がっくりと肩を落とすハルに、ナイフ代わりのチェーンソーを弄んでいたベルフェゴールが口を開く。
「オレが見繕ってこよーか?」
「駄目です、それじゃ人攫いになっちゃいます」
「いーじゃん。ハロウィンなんだし」
「ハロウィンのお化けは、悪戯するかお菓子貰うかだけですよ。人攫いは駄目です」
「ま、ハルがそれで良いんならいーけどさ」
肩を竦め、さり気にハルに手を出そうとするベルフェゴールの横から、トンファーの先端が襲い掛かって来る。
僅かに身を屈めてそれを避けると、ベルフェゴールもまたチェーンソーを雲雀へと向けた。
「何すんだよ」
「それはこっちの台詞だと思うけど」
先程から何度も、ハルの背後でそんなやり取りが繰り返されている。
それに全く気付かないハルは、漸く前方に人影を見つけて顔を輝かせた。
「ベルさん、雲雀さん。見て下さい、獲物がいました!」
嬉しさの余りかやや不穏な言葉を発し、ハルは危うい足取りで走り出す。
今にも戦闘状態に入りそうだった二人は、しかし機を逸してしまい互いに顔を見合わせた。
次の瞬間、どちらからともなく顔を逸らしてハルを追った。
「トリックオアトリート!…って、ツナさんこんばんはー!」
再び両手を掲げ、帰宅途中の中学生を脅しに掛かっているハルの前にいたのは、ハルの想い人である沢田綱吉だった。
「うわっ…ハルなのか?」
「そうです、ハルです!ツナさん、お菓子下さいっ」
「いや、持ってないし。それより何だってそんな格好…あ、今日はハロウィンか」
「ツナさんもどうですか?」
「え、いやオレは…」
ハートを辺りに飛ばすハルの様子に、雲雀とベルフェゴールの視線が剣呑な物へと変わって行く。
二人に背を向けているハルは全く気付く様子は無いが、思い切り正面にいた綱吉には二人の様子がバッチリ見え、真っ青になる。
ジェイソンはチェーンソーを既に構えており、雲雀はトンファーを今まさに取り出さんとしている所だった。
「沢田綱吉…」
馬の全く合わない二人ではあるが、この時ばかりは波長がピッタリと合っていた。
それぞれの声が見事に重なり、綱吉の元へと恐怖を届ける。

「トリック・オア・トリート?」

絶対トリックしか与えるつもりないだろ!
心の中で絶叫すると、綱吉は全力で走り出した。
「あ、ツナさん?どうしたんですか?」
突然背を向ける少年を、ハルと負のオーラ全開の二人が追いかけて行く。




10月31日、ハロウィン。
幾つか門柱に飾られているカボチャのランタンが、その様子を笑いながら見ていた。







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