お話なるもの〜赤ずきんちゃん編〜








昔々ある所に、赤い頭巾を被った女の子がいました。
彼女の名前はハル。
心優しく、とても可愛らしい少女でした。
皆は親愛を込めて彼女の事を、「ハル」「ハルちゃん」「アホ女」だのと呼んでいましたが、誰一人赤頭巾ちゃんと呼んでくれる人はいませんでした。
彼女にはきちんと名前があるのだから、それも当然の事ですが。
そんなある日、ハルは何時もの様に、大好きな人の元へと出掛けて行きました。
片手には大量の果物を詰め込んだ籠を持って、最早馴染みとなっている綱吉の部屋へと向かいます。


「ツッナさーん!こんにちは!!」
しかし、片手に籠を下げて元気良く挨拶をしたハルが見たのは、ベッドに寝込んでうんうんと唸っている綱吉の姿でした。
「はひっ、ツナさん風邪ですか!?」
ハルが慌てて顔を覗き込むと、綱吉の顔は汗まみれのまっかっかで、酷い風邪を患っている様でした。
「大変です…。どうしましょうっ」
オロオロと慌てふためくハルが見たのは、窓の外に広がる草原とその向こうにある急斜面の丘でした。
「そういえば、あの丘の向こうに病気に良く効く薬があると聞いた事があります…」
やけに説明的な台詞を喋ると、ハルは手にしていた籠をベッドに置きました。
よりにもよって枕元に。
積み重ねられた果物がグラグラと揺れるも、ハルはそれに気付いた様子はありません。
「ツナさん待ってて下さい。ハルがすぐに薬草を取ってきますから!」
両手を握り拳の形にして一人叫ぶと、ハルは勢い良く部屋から出て行きました。
バタンと閉じられたドアの振動で、籠が更にグラグラと揺れ、終いにはとうとう横倒しに倒れてしまいました。
ぎゅうぎゅうに押し込まれていた果物達は一気に籠から溢れ出し、次から次へと寝込んでいる綱吉の頭を殴打していきます。
「ぐべっ…ぎゃっ…、あだっ」
哀れな少年は、バナナやパイナップルやリンゴ達の洗礼を受け、ついに気絶するハメとなってしまいました。
こんな日に限って、綱吉の母である奈々やリボーンをはじめとする赤ん坊達は、全員出掛けて家にはいません。
誰に気兼ねするでもなく盛大に気絶した少年を、ハルと入れ替わりに部屋へと侵入してきた人物が見下ろしていました。
「ししっ、ハルやるじゃん」
愉快そうに笑ったその人物は、前髪で目元が完全に隠れている、頭に高価そうなティアラを乗せた金髪の少年でした。
今回は狼役という事で、付け耳と尻尾を付けている彼の名は、ベルフェゴール。
長い名前なので、大抵が省略されてベルと呼ばれています。
さて、そんなベル君ですが、手にしていたナイフを仕舞うと、代わりにガムテープを取り出しました。
「オマエ邪魔」
ベルフェゴールはビーッと音を立ててガムテープを伸ばし、毛布をひっぺ剥がすと寝ている綱吉の身体にぐるぐると巻きつけていきます。
ピクリとも動かせない様に手足は念入りに、何重にもぐるぐるとひたすら巻きつけ、やがて出来上がったのはガムテープミイラになった綱吉でした。
いくら気絶しているとは言え、こんな事をされれば流石の綱吉も目を覚まします。
「ゲッ。なんだよ、これっ!?」
熱に朦朧とした頭でも、自分の今の状態は解るらしく、ギョッと目を見開いています。
「悪いけど、ハル戻ってきちゃうからさ。大人しく寝ててくんない?」
そんな綱吉の頭にリンゴを投げつけて、再び昏倒させたベル君。
殆ど悲惨な状態と言っても差し支えのない綱吉を引き摺り、クローゼットへと押し込めます。
万一を考え、口と目にもガムテープをしっかりと貼り付けて。
「うししっ。後はハルを待つのみ〜」
鼻歌を紡ぎながらご機嫌な様子で、先程まで綱吉が寝ていたベッドへと潜り込み、ハルが戻ってくるのを待つベルフェゴール。
その頭の中では、ハルが来た時に何をしようかと、あれやこれやとイケナイ妄想が展開されています。
一方、そんな状況になってるとは知らないハルは、必死で掻き集めた薬草を両手に抱えて丘を走っておりました。
薬草の中に毒草も混じっていましたが、そっち方面に詳しくないハルが解るはずもありません。
「後もう少し…っ」
気を抜けば転がり落ちそうになる坂を走り抜け、綱吉の家を目指してひたすら駆け続けます。
しかし、そんな彼女を呼び止める一つの声がありました。
「待ちなよ」
「はひ?」
息を切らせながらも声のした方へとハルが顔を向けると、其処には学ランを肩に羽織らせた少年が立っていました。
かなり目つきの悪い彼は、猟師役の雲雀でした。
「ヒバリさん、出番はまだ後じゃ…」
「君、それで沢田を殺すつもりなのかい?そうなら、別に構わないけど」
ハルの言葉を無理矢理遮り、雲雀はハルの腕にある草を示します。
「逆です!ハルはツナさんを助けようとして…」
ハルもまた薬草だとばかり思っていた草を見下ろしましたが、雲雀が次に発した言葉に凍りつきました。
「それ、明らかに毒草なんだけど」
「はひ!?」
固まってしまったハルの腕からひょいひょいと何本もの毒草を取り除き、雲雀はそのやけに色鮮やかな草をハルの目の前で揺らします。
「こんな色の草、どうして毒だって解らないの」
「だって、綺麗だったからつい…」
「つい、で沢田は殺されかけたのか。同情するよ」
「うぅ…」
厳しい言葉にハルが俯いていると、雲雀は溜息を吐いて毒草を放り投げ、代わりにハルの腕から薬草を取り上げました。
「…?」
不思議そうなハルの視線に、雲雀は憮然とした表情で先に立って歩き出しました。
「沢田の家に行くんでしょ。さっさとしないと置いて行くよ」
「…ヒバリさん、お見舞いに行ってくれるんですか?」
「僕がそんな事をする様に見える?」
「見えません」
「赤ん坊に会えるかもしれないし、面白そうだから行ってみるだけだよ」
「は、はぁ…」
納得のいかない表情のハルでしたが、一刻も早く綱吉の元へ戻らねばならないので、そのまま雲雀の後についていく事にしました。


「ツナさん、只今です!」
雲雀と一緒に綱吉の部屋へと戻ったハルは、不意に後ろから肩を押さえられてつんのめりそうになりました。
「ヒ…?」
床の上に落ちた薬草に、文句を言おうとハルが振り返った途端、雲雀の片手に口鼻を塞がれてしまいます。
呼吸が出来ずもがもがと暴れていると、耳元で雲雀が囁きました。
「静かにしてて」
本当に小さな小さな声だったので良く聞き取れなかったのですが、雲雀の醸し出す雰囲気から何かを読み取ったのか、ハルは大人しくなり暴れるのを止めました。
単純に、逆らえば怖い目にあいそうだったからかもしれません。
ハルが動きを止めると雲雀は直ぐに手を離し、ハルを背にゆっくりとベッドへと近付いて行きます。
こんもりと人型に盛り上がったベッドは、顔こそ見えないけれど綱吉が寝ているはずの場所でした。
其処へ雲雀のトンファーが打ち下ろされます。
目にも留まらぬ速さとは、この事を言うのでしょうか。
気付けば布団から飛び出した人影と、雲雀は対峙したまま睨み合っておりました。
「はひ?どうして、ベルさんが…」
今にも戦いが始まりそうなその光景に、ハルは呆然と呟きます。
「ん、ハルを襲う為に待ってたんだけどな。オレ狼だし?」
袖口から引き抜いた大量のナイフを両手に、金髪の王子さまは口元に笑みを浮かべました。
「まーさかコイツまで来るなんてな。すっげー邪魔者なんだけど」
「どっちが。そもそも、狼は猟師にやられる役のはずだけど?」
ベルフェゴールの言葉に、雲雀がとても不機嫌な声音で返します。
「ジョーダン。何だって王子がオマエなんかにやられなきゃなんねーの?」
対峙する二人の間に火花が散りました。
まさに一触即発の状態です。
その瞬間、クローゼットから何やら妙な音が聞こえてきました。
「はひ!?」
くぐもったそれはまるで死者の呻き声の様で、つい昨日の夜ゾンビ映画を見てしまったハルは飛び上がりました。
しかし睨み合ったままの二人は、一向に気にした様子がありません。
それどころか、呻き声を皮切りに戦いを始めてしまいました。
ナイフとトンファーの打ち合う音、が部屋中に響き渡ります。
狭い部屋の中、次々と家具や壁にベルフェゴールの放つナイフが刺さっていきます。
雲雀も遠慮なく飛んで来るナイフを弾いていくので、ハルは生きた心地がしません。
勿論二人共ハルに当てない様に気を付けてはいますが、目の前を掠めて壁に突き刺さるナイフに、凡人であるハルが冷静でいられるはずもなく。
目の前で展開される激闘に加えて、呻き声もどんどん大きくなっていくので、最早パニック状態です。
「も、もう駄目ですー!!」
頭を抱えてしゃがみ込んでいたハルは、ついに姿勢を低くしたまま部屋から逃げ出してしまいました。
「オマエのせいでハル逃げたじゃん」
開いたままのドアを見遣り、ベルフェゴールがナイフを走らせます。
「君がいなければ、彼女は逃げる事もなかったと思うよ」
斜め上へと振り上げたトンファーで切っ先を弾き、雲雀は回し蹴りを放ちました。
「オマエが」
「君が」
二人はいがみ合いながら、綱吉の部屋を破壊していきました。
そして時間が経つ事二時間。
すっかりボロボロになった室内を後に、二人の姿は部屋から消えていました。
部屋の中で戦うのに限度があると判断したらしく、舞台を屋外へと変えたのです。
そんな部屋には、相変わらず呻き声が響いていました。
綱吉がクローゼットから救出されたのは、更に数時間後。
奈々ママとリボーン達が帰宅してからの事でした。


「……はひ、恐怖の余り何か忘れてるような……?」
「気のせいじゃない?」
「そーそー。それより、そいつ放っておいていーから、こっち消毒して」
綱吉が果物に恨み言を呟いている頃、ハルは家に押しかけてきた雲雀とベルフェゴールの手当てをしておりました。
天然赤ずきんは首を捻りながらも、言われるがままに二人の手当てをしてあげるのでした。




「オレの立場って一体…。そもそも、これ赤ずきんの話じゃないだろ!どう考えても違うだろ!!」
「うるせーぞ。眠れねーから黙れ」
綱吉の悲痛な叫びに、リボーンの銃が容赦無く火を吹き、この歪なお話は幕を閉じるのでした。







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