お話なるもの〜三匹のこぶた編〜
昔々あるところに、三匹の子豚兄弟がおりました。
長男の子豚の名前はザンザス。
次男の子豚の名前はベルフェゴール。
三男の子豚の名前は雲雀恭弥。
彼等は性格の違いの為か、毎日罵り合う日々を送っていました。
「なんだと、てめぇ。もう一回言ってみろ」
「君は耳が相当に悪いらしいね。それとももう年なのかな?」
「ししっ、また始まったよ。オマエら本当飽きないよね〜」
「ベル、てめーも高みの見物してんじゃねぇ」
「だってオレは関係ないじゃん。ボスとヒバリの問題だろ?」
「そもそもの原因は君にある事を忘れないでくれる?」
「はぁ?オマエらが勝手に争ってるだけじゃん。何でオレまで巻き込まれなきゃいけねーワケ?あんまウザイと殺すよ」
「へぇ、やってみれば?」
「良い度胸じゃねぇか」
そんなこんなで毎日が喧嘩の日々でしたが、ある日ついに彼等は別れて暮らす事になりました。
「これで漸くゆっくりと過ごせるよ」
「それはこっちの台詞だっての」
「てめーらの顔見なくてすむのかと思うと、せいせいするな」
彼等はそれぞれ捨て台詞を残して、長年住み慣れた我が家を去って行きました。
長男のザンザスは東へ、次男のベルフェゴールは西へ、三男の雲雀は南へと向かいます。
それを物陰からこっそりと見ていた影が一つ。
全員の姿が消えた所でひょっこり出てきたその姿は、黒い耳と長い尻尾が特徴の小柄な狼でした。
「がおー。…で良いんでしたっけ、狼の鳴き声って」
両手を威嚇する様に、何もない空間へ広げた狼の名前はハル。
誰もその役をやりたがらず、怖いもの知らずの彼女の元へ回ってきた故の、狼役でした。
「せっかくの役ですし、ハルは頑張ります!」
グッと両手を握って自分に気合を入れると、ハル狼は子豚達の後を追いかけていきました。
まずは東。
廃墟の目立つ、薄暗くとても不気味な場所にそれはありました。
如何にも面倒くさそうに作られた藁葺きの家は、周囲の風景から異様に浮いて見えます。
「…藁なんて、一体何処から調達してきたのでしょう…」
ハルは周囲を見回し、ポツリと呟きました。
それもそのはず、辺りには藁どころか家の材料になりそうな物等一つもないのです。
あるのは瓦礫ぐらいで、それらも皆小さな欠片ばかりでした。
「まぁ、そんな事気にしてちゃ駄目ですよね」
ハルは暫く辺りを見回していましたが、気を取り直して藁葺きの家を見上げました。
所々隙間がかなりの割合で空いているそれは、家と呼ぶのも気が引ける代物でしたが、ハルは律儀に扉と思しき垂れ下がった藁をノックします。
垂れ下がっているだけですから、ノック音がするどころかスカスカと手が通り抜けてしまいます。
「はひっ!?」
ぶんぶんと藁を押したり引いたりしていた所、突如中から一本の太い腕が現れ、ハル狼は藁小屋へと引きずり込まれてしまいました。
「なんだ、随分と弱そうな奴が来たな」
片腕でハルを抱き込んだのは、この藁葺き家の持ち主のザンザスでした。
彼はガッチリとハルの身体を捉えたまま、頭から爪先までジロジロと眺め回します。
「は、はな…離して下さい!」
「てめーから来て何ぬかしてやがる」
「だって、ハルは狼なんですから!本当ならハルがザンザスさんを脅さないといけないんですよーっ」
「はっ。無理だろそりゃ」
「無理じゃないです!だから一度手を離して――って、何処触ってるんですか!」
「ケツだろ。この尻尾は何処から生えてんだ?」
「はひぃぃぃっ!?」
遠慮無く尻を撫で回され、そういう方面に免疫の無いハルはもう気絶寸前です。
しかし此処で気絶しては、それこそ何をされるか解ったもんじゃありません。
ギリギリのところで必死に気を保つと、絶叫と共にザンザスへ頭突きをかましました。
「…っだ!?」
不意を突かれた攻撃に、流石のザンザスも手を離してしまいます。
その隙を逃さず、ハルは全力で藁葺き小屋から逃げ出しました。
「待て、てめっ――このオレから逃げられると思うなよ」
「はひーっ!怖いからそういう事言わないで下さいー!!」
ゾッとする様な台詞に肩を波立たせると、ハルは走る速度を更に上げました。
次は西。
「…っは、はぁっ、はーっ」
全力疾走する事数分。
ハルは、ザンザスのいる方とは正反対の方向にある道を走り抜けていました。
辺りは鬱蒼と茂る森の中で、ハルが通っている道も使われなくなって久しいのか、殆ど消えかかっています。
「も、もう大丈夫っ、…かな」
恐々後ろを振り返ると、其処には誰もいませんでした。
何度か視線を辺りへと走らせ、無人なのを確認すると、漸く速度を落として歩みへと切り替えます。
「ひ、酷い目に合いました…。もう、これじゃ狼の意味がありませんっ。今度こそちゃんとしないと…」
ゼーゼーと何度か呼吸を繰り返していると、前方に木で出来た家が見えてきました。
恐らくは次のターゲット、次男子豚のいる家です。
「頑張りますっ。ハル、ファイトです!」
小さく叫び気合を入れなおすと、ハルは木の家へと近付いて行きました。
両手を大きく広げて構え、脅す準備も万端です。
後は子豚が出てくるのを待つばかり。
「何やってんの?」
「はひっ!?」
扉の前で今か今かと待ち構えていると、しかし背後から声が聞こえてきました。
ハルが慌てて振り向くと、其処には該当子豚のベルフェゴールが立っています。
「べ、ベルさん…何でっ」
「何でって…ずっと閉じ篭りっぱなしなの性に合わねーし。暇だったから散歩してたんだけど。ナニ、ハルが狼なワケ?」
「はい。だからベルさん怖がって下さい。がおー」
「………いや、無理だし」
「怖がってくれないと、ハル狼失格になってしまいます!」
「いーじゃん、別に」
「良くないですよっ。せっかく頂いた役なんですから、ちゃんとやりたいです」
「無理だっての。第一ハル弱いじゃん?」
「そんなハッキリ……ベルさん」
「ん」
「何で手を押えるんですか」
「ハルが弱いから」
「理由になってないです!…って、顔近づけないで下さいー!」
「ハル、弱肉強食って知ってる?」
「知ってますけど、それがどうかし…」
「弱いものは強いものに食われる、それが自然の摂理なんだってさ。ハルはオレより弱い、この意味解る?」
「わ、解りたくないです。何となく――近、近いです、顔っ!ぎゃーっ」
じりじりと壁に身体を押し付けられ、今にも二人の顔が重なりそうだったその時、何処からともなく炎を纏った弾丸が飛んできて、木の家を文字通り木っ端微塵に破壊してしまいました。
「はひーっ!」
「…ちっ」
爆風に吹っ飛ばされ、ハルとベルフェゴールは別々の場所に放り出されました。
寸前で受身を取ったベルフェゴールがすぐさまナイフを取り出し、弾丸の飛んできた方角へと投げつけます。
「ボスー。そりゃないんじゃねー?日本風で言えば、恋路の邪魔する奴は馬に蹴られんだぜ」
「ナニが恋だ。てめーこそ人様のもんに手出してんじゃねーよ」
爆風を縫う様にして現れたザンザスに、ベルフェゴールは口端を上げて肩を竦めました。
「ハルはまだ誰のもんでもないじゃん。勝手に所有権名乗るのは、どうかと思うケド?」
「うるせー。オレに逆らおうってのか、ベルフェゴール」
「まーね。残念だけど、ハルに関しちゃ譲れないんだよね」
それぞれ武器を構えたまま睨み合う二人。
それをハルは物陰から見つめていました。
「うぅ、もう何なんですか。失敗ばっかりです」
ガクリと落ち込むも、異様な雰囲気の中で飛び散る火花に闘いの気配を察し、彼らの凄さを知っているハルは再び逃亡しました。
最後は南。
此処は三男子豚の雲雀恭弥が向かった方角でした。
「もう、こうなったらやぶれかぶれです!アタックあるのみです!」
殆ど目の据わったハルは、自棄になりかけておりました。
ズンズンと、雲雀が住んでいるであろうレンガ家へと歩いて行きます。
「ヒバリさんこんにちは!今のハルは怖〜い狼です、がおー!」
勝手に家の中へと入って脅しのポーズを取ったハルが見たのは、とてつもなく冷たい雲雀の視線でした。
一生懸命入れた気合が一気に萎んでいくのを、ハルは身体で感じ取りました。
「ブリザードが吹き荒れました…ベリーコールドでショッキングです、ヒバリさん…」
「それ何語?」
「うぅ…」
不機嫌極まりない声音に、ハルは更に沈みました。
何が原因かは解りませんが、雲雀の機嫌は最悪な様です。
細められた冷ややかな目に、ハルは泣きそうになりました。
「全く…。君はもう少し警戒というものを学ぶべきじゃない?」
ずっしりと重くなった空気に、雲雀はやや視線を和らげると溜息を吐きました。
「はひ…警戒、ですか?」
まさか先程襲われかけた事について言っているのだろうかとハルは首を傾げましたが、どうしてそれを雲雀が知っているのかという疑問にぶち当たってしまいます。
実は雲雀の唯一のペット、ヒバードが監視カメラを付けて飛び回っていたのですが、それをハルが知るはずもありません。
「まぁ僕には関係ないけど」
しきりに考え込んでいるハルを尻目に、雲雀はふいっと顔を背けると、レンガで出来た椅子へと腰掛けました。
それを何気なく見て、ハルはその時初めて気付きました。
家具や床、その他諸々全てがレンガで出来ている事に。
「……ヒバリさん」
「何」
「あの、この部屋…」
「部屋が何なの」
「全部、レンガで造ったんですか?」
「見ての通りだよ」
雲雀の返事に、ハルは少しばかり眩暈を覚えました。
幾ら三男の家はレンガ造りとはいえ、これは少しやり過ぎです。
椅子ならまだしも、寝台までもがレンガで出来ているのですから。
「うわぁー…寝る時とかゴツゴツしてて痛そうです…」
「そもそも君、何しに来たの」
ボソリと呟くハルに、雲雀は至極最もな質問を投げかけました。
「え、それは勿論、ヒバリさんを襲いに来たに決まってるじゃないですか」
ハルは狼なんですから。
そう続けようとした矢先、雲雀の表情が微妙に変化しました。
何処か危うい色を含んだその眼差しに、ハルは二の句が告げられなくなります。
「ふぅん。君が僕を?どうやって?」
「ど、ど、どうにかして!」
相手の雰囲気に飲まれかけ、ハルは慌てて声を張り上げます。
けれど雲雀は怯む事なく、すいっと立ち上がりました。
そのままゆっくりと一歩を踏み出した瞬間――。
「はひー!?」
轟音と共に爆風が家の中へと舞い込み、ハルの目の前にあった壁は綺麗に崩れてしまいました。
「………」
せっかく造ったレンガ家を破壊された雲雀は、無言で最早無くなってしまった壁の向こうを睨みつけます。
其処には二つの人影、長兄と次兄の姿がありました。
「なーにやってんだよ」
「てめぇ、ふざけた真似してんじゃねぇぞ」
それぞれが武器を手に、雲雀へと凄みを利かせます。
けれどそれで怯む末弟ではありませんでした。
寧ろ怒りを増幅させた表情で、静かに口を開きます。
「…ねぇ、君達二人共殺していい?」
それが戦闘の合図となったかの様に、三人は一斉に走り出しました。
「…ツナさん、ハルにはこの役無理でした…」
一方、すっかり取り残されたハルは、素早い動きを展開させる三人をぼんやりと見ながら、何時の間にか隣へやって来ていた綱吉へと語りかけておりました。
「うん、見てた。そもそも、子豚役があの三人なのが間違ってるよね…」
「はひ、ハルもそう思います」
二人はしみじみと呟き、戦いに明け暮れる子豚達を眺めるのでした。