お話なるもの〜マッチ売りの少女偏0〜
「えー、それでは配役を発表します」
やや皺くちゃになった紙を手に、綱吉が静かに口を開く。
目の前に居るのは、ハル、雲雀、ベルフェゴール、スパナ、そしてモスカだ。
何故此処にモスカまでもが?
思わずそんな突っ込みを入れそうになった綱吉だったが、其処は敢えて口を引き結んで何とか呑み込む。
全員のそれぞれ意味合いの異なる視線を一身に浴び、彼は微かに身震いをした。
俺、ちゃんと生きて帰れるのかなぁ…。
ハルとスパナ以外、どう見ても好意的な目では無い。
モスカに至っては、以前壊した恨みでも残っているのか、妙な蒸気を口から発している。
フシュー、フシューと、まるで威嚇の如き音のオマケ付きだ。
そんな視線がグサグサ突き刺さって来ているのだから、彼の心情も致し方無いと言えよう。
それでも此処で躊躇していては、背後にいるリボーンから遠慮容赦なく銃弾が飛んで来るのは間違い無い。
これぞまさに、前門の虎、後門の狼という状況である。
ええいままよと、半ばヤケクソで綱吉は口を開く。
「まず、マッチ売りの少女はハル」
綱吉は成るべく脅威の3名と視線を合わせ無い様に、配役が書かれた紙のみを見つめる事にした。
しかし、それが問題だった。
何せその紙には、ハルの配役しか書かれていないのだ。
残り4名は名前すら載っていない。
「………」
ダラダラと冷や汗を流して固まる綱吉に、途轍も無く冷ややかな声が掛かる。
「それで?」
「まず、って事は次があるんだよね。ボンゴレ」
「ハルがマッチ売りの少女なのは解り切ってんじゃん。他に誰がやるんだっつーの。早く次読めよな」
三者三様の言葉に、しかし返す言葉が無い。
否、返せる言葉が無いと言った方が正しいかもしれない。
「早くしろ。皆待ってるだろ」
背中に突きつけられた銃口に、綱吉は反射的に振り返った。
「リボーン、お前これ俺にどーしろって言うんだよ!?」
「何がだ」
「何がって、これだろ!」
配役表を持った右手をリボーンに突きつけるも、当の本人はケロッとした表情で視線を向けている。
「ちゃんと書いてあるじゃねーか。その通りに読め」
「何処がだよ!?ふざけ――」
半泣きの叫びであったが、続けようとした言葉を遮ったのは赤ん坊では無かった。
「ねぇ…早くしてくれない?」
殺気の篭った雲雀の気配に、残りの台詞は全て胃の中へと戻ってしまう。
背後を見ずとも、声の主がトンファーを構えて戦闘態勢に入っているのが手に取る様に解った。
「…そ、その他、4名」
「は?」
今にも死にそうな声で何とか絞り出した声は、しかし無情にも聞き返されてしまう。
「ですから、…その他、4名…です」
「………」
「………」
「………」
「はひ?」
きょとんとしているハルとフシュフシュ鳴いているモスカ以外、全員が押し黙った瞬間だった。
「それで、どーやってお芝居とやらをしろって?」
ベルフェゴールの指の隙間から、銀に輝く何かが見えているのは気のせいだろうか。
「まさか僕を『その他』扱いするんじゃないだろうね」
雲雀のトンファーの側面に、棘の様な物体が出た様に見えるのは気のせいだろうか。
「その他って、何やれば良いんだろう」
首を傾げるスパナの背後で、モスカが自発的に追尾ミサイルを掲げたのは気のせいだろうか。
否、どれもこれも、全て自分の気のせいであって欲しい!
「簡単だ。今回の話に細かいシナリオはねぇ。役もハルだけで、後は指定しないでおいたぞ。どうせあれこれ指示しても、お前らは勝手に動くだろうしな。好きにやれ」
顔を真っ青にして前方の面々から後ずさっている綱吉に、雲雀とベルフェゴール、そしてモスカが近付いて行く。
「へ〜。そりゃ良いや」
「もう始めて良いんだよね、赤ん坊」
「………」
一歩一歩、確実に迫り来る死の宣告が、恐ろしい程に綱吉の脳髄に染み込んで行く。
「い、いえっ。オレは芝居には参加しないんで!!」
慌てて叫ぶ綱吉の言葉が他の面々に届く筈も無く、又、味方になってくれそうな残り2名は、死神達の背後の方で和気藹々とお喋りを続けている。
「それじゃあんたが裸足で雪の街を彷徨うんだ?」
「はひ。それで街の人にマッチを売るんです」
「マッチって一本幾ら位なんだ?」
「えっとですねー…」
スパナ、ハル、頼むからこっち見てよ!
声無き悲痛の叫びは、楽しそうな二人に届かなかった。
事態の好転を見込めないと悟った綱吉が、その場から全力疾走で逃げ出したのは言うまでも無い。
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