追いかけて追いかけられて






怖っ!
ハルは思い切り二三歩後ずさった。
目の前に立ちはだかるのは、以前一度だけ会った事がある人。
確か名前は…。
「雲雀恭弥」
明後日の方を向いて考えていたハルの心を読んだかの様に、目前の人物――雲雀恭弥はそう言って笑った。
清々しさとは程遠い、何かを企んでいる様にも見える笑いだ。
「あぁ、そうでした。ヒバリさんですね」
冷や汗を掻きつつ、相手に悟られない様に配慮しながら、じりじりと距離を取って行く。
「それで、ハルに何か御用ですか?」
「用事があるから、こうして来たんだよ」
どこかカチンと来る物言いだが、薄ら笑いを浮かべ続けている相手には、何を言い返す気も起きない。
下手に言い返せば、何をされるか解らない。
思わずそう思ってしまうぐらい、目の前の相手は不気味な雰囲気を醸し出していた。
「それじゃ、その用件とやらを早く言って下さい」
「どうしてそんなに急ぐのかな」
ガシッと右腕を掴まれ、悲鳴が口をついて出そうになる。
何時の間にこんな間近に!?
あっと言う間に今まで稼いだ距離を詰められ、ハルは硬直して相手を凝視した。
「化け物でも見るかの様な顔をしてるね」
面白そうな表情で雲雀は此方を見下ろし、掴んだ手首にそっと口付ける。
「な、なっ」
相手の行動が信じられず、反射的に腕を払い退ける。
…はずだった。
しかし実際は、腕を振る事も適わないぐらいの力が込められていた。
「ヒバリさん…?」
恐る恐る相手を見上げれば、雲雀は非常ににこやかな笑みを浮かべている。
「駄目だよ」
「ひっ!」
身体を引き寄せられ、ハルは今度こそ悲鳴を上げた。
「君は僕のものだからね。逃がさない」
「違いますっ。ハルは誰のものでもありません!」
「違わない」
「ちが…っ。第一、ハルと貴方はそんなに会った事もないじゃないですか!」
「あるよ」
「…何時ですか?私が覚えているのは、ツナさんの部屋での一回だけなんですけど…」
「昨日の夕方、一昨日の夜、三日前の朝、四日前の朝から夕方ま」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!!」
ハルは雲雀の延々と続きそうな声を遮り、必死で頭を働かせた。
昨日は水曜日、夕方は普通に学校から帰宅していた。
一昨日は火曜日、夜はコンビニに筆記用具を買いに行った。
三日前は月曜日、朝は学校に登校していた。
四日前は日曜日、朝から夕方まで友達と遊園地に遊びに行った。
「………」
「………」
互いに見つめあい、にこりと笑い合う。
雲雀と会った記憶は、ハルの中にはない。
しかし雲雀の中にはあるという。
この矛盾はどう説明すれば良いのだろう。
「ヒバリさん、人違いじゃないですか…?」
「確かに君だよ。最も、声を掛けたのは今日が初めてだけどね」
「………」
「………」
「……えーっと………それは、つまり…」


ストーカー…?
ですか?


頭にその言葉が閃いた時は既に遅く、ハルの身体はガッチリと雲雀の腕に抱きしめられていた。
はひー!!と絶叫が辺りに響き渡ったその日から、ハルの受難は始まる事となる。







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