想うもの
執務室内に、ペンの走る音が響く。
それも必死そのものな、素晴らしく早い音だ。
カリカリ、カリカリ。
ペン先が折れるのではないかと心配になるぐらい力が込められた音に、綱吉は思わず苦笑してしまう。
その原因が解っているが故に、彼は口を開いた。
「ハル」
「………」
しかし、返事は無い。
呼ばれた方はただひたすらに、紙に向かって視線を走らせたままだ。
ペンの動きも止まる様子は無い。
恐らくは綱吉の言葉等、聞こえていないのだろう。
それぐらい、仕事に集中しているという証だ。
「ハル」
思わず吹き出しながら、彼は立ち上がりハルの目の前まで歩み寄る。
「は、はひっ!」
トントンと指先で自分のデスクを叩かれ、其処で初めて彼女は視線を上げた。
「お疲れ様。もういいから帰りなよ」
ぶつかった優しい視線と言葉に、ハルは困惑の表情を浮かべる。
「でも…」
「今日はクリスマスイブだろ?ハルも早く帰って、色々準備したいんじゃない?」
「それは、そうなんですが…」
ハルはチラリと残った仕事へと視線を向ける。
それを遮る様に、綱吉の手が書類の束を取り上げた。
「いいから。これは別に急ぎのものじゃないんだし、また今度でいいからさ」
「あ…」
反射的に伸ばされた手から書類を遠ざけ、綱吉は自分のデスクへと戻って行く。
「ホラ。彼ももうすぐ帰って来る頃だし」
綱吉の手の内にある束を眺め、一度瞬くとハルは漸く立ち上がった。
「…ツナさん、有難う御座います!」
「いいから、いいから。ハルには何時も頑張って貰ってるんだし、今日ぐらいは早目にあがって貰おうと思ってたんだ。それに…」
「それに?」
「余り遅いと、オレがヒバリさんに殺されちゃうよ」
綱吉の軽い冗談に、ハルは笑って頷いた。
「それじゃ、お先に失礼します。ツナさんも無理はしないで下さいね」
「うん、大丈夫。オレもすぐあがるから」
片手を上げて挨拶をする綱吉に一礼し、ハルは執務室を後にした。
「よーし」
きっちりと扉を静かに閉めると、自分に気合を入れてその場から全力疾走で廊下を駆け出す。
然程高くはないハイヒールの音が、短い間隔で廊下に響く。
その音に仰天したのか、一つの扉が大きく開いてハルの後姿に大声で叫ぶ。
「うるせー!もうちっと静かに歩きやがれっ!!」
「はひー、すみませんー!!」
飛んで来た声に、しかしハルは振り向きもせずに大声で謝罪すると、そのまま廊下から姿を消した。
「ったく…。相変わらず落ち着きのねぇ奴」
ボソリと低く呟かれた言葉に、背後から声が掛けられる。
「何だ、今のハルの足音だったのか?」
「あぁ。あの馬鹿、あんなに走りやがって…その辺ですっ転びやしねぇかって思うぜ。ったく」
ガシガシと頭を掻き毟り、苦虫を噛み潰したかの様な表情で、獄寺は室内へと戻る。
「お前も本当に素直じゃねーよなぁ…」
ソファの上で資料を広げていた山本が、その顔に苦笑して呟いた。
「何か言ったか?」
「いんや、何でもねー。それより、これどうやって決行する?」
「んなの決まってんだろ、オレが真正面から突っ込んで陽動してやっから、後はお前が裏から回り込めばそれで終わる」
「…んー。ま、それが妥当な線か」
紙面を叩きながら頷き、山本は窓の外へと視線を向ける。
「何だ?」
「いや、雨降りそうだな…って思ってな」
「あぁ?」
作戦途中に何をと、獄寺の顔が不機嫌そうに歪む。
が、それも山本の顔を見た瞬間に消えた。
「オイ?」
その余りにも真剣な表情に、妙な胸騒ぎを覚える。
「いや、何つーか…こう、悪い予感みたいなもんが…な。上手くは言えねーけど」
「お前がそう言う時って、ろくでもねー事ばっか起こってるじゃねーか…」
ガラステーブルに散らばった資料を纏め、獄寺は深い息を吐く。
山本が視線を向けたままの窓の外では、既に大粒の雨が降り出していた。
二人共黙り込んでしまった為、静かな室内に雨音がガラスを打ち叩く音が響く。
「…大降りになるかもな」
山本の言葉は見事的を射ており、数分後には豪雨と呼んでも差し支えのない程の天気となった。
そしてもう一つ。
山本の感じた悪い予感もまた、二人が綱吉の部屋に呼び出された事により命中するのだった。
「はひ〜っ。凄い大雨です…」
ボンゴレの屋敷から程近い家に辿り着いたハルは、窓の外を流れる滝の様な雨に眉を寄せる。
時折雷鳴が辺り一帯に響き渡り、この雨が当分は止みそうにない事を告げていた。
「ヒバリさん…大丈夫でしょうか」
ポツリと零れた言葉は、しかし雨音に消されてしまう。
ハルの背後にあるダイニングテーブルには、既に豪華な夕食が支度されていた。
この時間には帰宅すると言っていた雲雀は、8時を過ぎた今でもまだ帰って来ない。
両手を窓ガラスにピッタリ付け、ハルは雲雀の運転しているであろう車影を探す。
しかし、黒塗りの高級車が見える事は無く、ただ時間が過ぎて行くばかり。
コチコチと時間の歩みを告げる時計の音が、雨の音に混じってハルの耳へと届く。
どのくらいの時間が経ったのか。
何時間か、或いは数分程度か…。
そろそろ両手も悴み始めて来た頃、漸く一台の車が敷地内へと入って来た。
「あっ」
聞こえて来たエンジン音に、ハルは顔を上げて玄関へと向かう。
コツコツと硬い革靴の音が近付いて来ると、カチャリ玄関の開く音へと繋がる。
「お帰りなさ――」
開かれた扉に満面の笑みでハルは声を掛けるが、それも尻すぼみに消えた。
「………」
車から玄関まで歩いて来た為、扉の向こうにいた人物はずぶ濡れだった。
「獄寺さん…?」
ポタポタと髪先から滴を垂らし、しかしスーツに身を固めた青年はそれに構う事無く、ただただ険しい表情で立っていた。
「支度しろ」
「…はひ?」
一言告げられた言葉の意味が解らず、ハルは怪訝そうな表情を向ける。
何時もなら此処で怒声が飛んで来る所だが、彼は静かな声で再び口を開く。
「支度しろ。病院へ向かうぞ」
「……あの、意味が良く…」
「ヒバリが撃たれた」
時間が、止まった。
脳天を鈍器で殴られたかの様な衝撃が、ハルの身体を上から下まで突き抜ける。
「解りました。すぐ支度します」
しかし彼女の口からは、冷静そのものな言葉が飛び出す。
初めは凍りついていた表情も、今は有能なボンゴレボスの秘書へと変わっていた。
ハルは言葉通り30秒で支度を済ませると、表に停まっていた山本の運転する車へと乗り込んだ。
直ぐに動き出した車は静かに走り出し、徐々にスピードを上げて行く。
山本のハンドル捌きは見事な物で、傍から見ればとてもでは通り抜けられない様な場所も難なく擦り抜け、そんな抜け道を幾つも使いながら目的地へと着いた。
車中では一言の会話も無く、張り詰めた様な空気が満ちていた。
「有難う御座います」
降りる際にハルは短く礼を述べ、そのままボンゴレの息が掛かった病院へと入って行く。
獄寺も山本も、ただ無言でハルの後を追った。
手術室のランプが灯ったのは、ほんの十分前だと言う。
長椅子に座っていた、綱吉を始めとする雲雀付きの部下数名が、真剣な面持ちで何事かを話し合っていた。
「ハル…」
「大丈夫です。ツナさん達はそのまま続けて下さい。此処は、ハルが見ていますから」
ランプの灯った文字へと視線を遣り、ハルは静かにそう告げた。
その心境を察し綱吉は一度頷くと、獄寺と山本を交えて話の場を移動させた。
護衛の為に部下二人を残し、全員が廊下の向こうへと消える。
ハルはただ、手術室の前に立ったまま扉を見つめていた。
その向こうにいるであろう、雲雀の姿を扉越しに見つめていた。
一方、病院の一室を借り切り、即席会議室を作ったボンゴレファミリーの面々は、皆一様に真剣な表情で話し合いを続けていた。
「…で、相手は何処のファミリーなんだ?」
「それが、最近出来たばかりの所らしくて…。雲雀様は五名に囲まれる様にして……」
「それで一発だけ当たったと…。残り4発避けたのか、アイツ。すげーな…」
ふぅ、と息を吐いた山本をチラリと見遣り、今まで口を噤んでいた綱吉が状況を説明していた者へと鋭い視線を向ける。
「それで、その五人は?」
「すぐに始末しました。一人だけ、情報を吐かせる為捕らえてありますが…」
「うん、それで良いよ。有難う」
両手を組んだ綱吉の両目が、静かに伏せられる。
そして再び開かれた瞼の下から現れたのは、ボンゴレのトップに立つ者としての冷酷な視線だった。
「知ってる事、全部吐かせておいて欲しい」
どんな手を使ってでも、必ず背後に居る者を突き止めろ。
言外に告げられたその命令に、視線を受けた者は背筋を伸ばした。
「はっ、直ちに」
一礼をして部屋から出て行く部下を見送り、綱吉は室内に残った面々へと一つ一つ視線を合わせて行く。
「皆も聞いた通り、ヒバリさんが撃たれた。あのヒバリさんが、だ。これは、撃った者の腕の良い悪いの問題じゃない」
「十代目、それは…」
「背後に居る者が如何に有能かという事だな…」
獄寺の台詞を遮る様にして、山本が呟く。
一斉に集まる視線に、綱吉は深く頷いて肯定する。
「そいう事になる。…だから、皆も気をつけておいて欲しい。小さくても精鋭の集まる組織が、必ず近くにいるはずだ。早急に探し出して潰しておかなきゃいけない…今直ぐにでも」
その場に居る一同は、綱吉の言葉に一斉に席を立った。
手術室の前に立ち尽くしたまま、ハルはただ扉を凝視していた。
身動き一つせず、瞬きの回数も異様なまでに少なく、凝視にも近い気迫で扉を見ていた。
「三浦様、せめて椅子に座られた方が……」
能面の様なその横顔に、護衛を任された部下の一人が声を掛ける。
「いえ、立っている方が楽ですから。気にしないで下さい」
その声に一度だけ振り返り、ハルは微笑した。
その表情に、彼はそれ以上何も言えなくなる。
心配で心配で堪らないだろうに、それでも気遣いの笑みを浮かべられる、その強さに黙礼して引き下がった。
ハルもまた視線を扉へと戻し、再び沈黙がその場を支配した。
手術が終わったのはもう真夜中になろうかという時間だった。
「…最善は尽くしました…。後は、本人の生命力に頼るしかない状態です」
「そう、ですか…」
綱吉は医師の言葉に、未だ立ち尽くすハルへと視線を向けた。
ハルの視線は、運ばれて行く雲雀にのみ当てられていた。
「それでは、私はこれで…」
「はい、有難う御座いました」
その医師も既に体力の限界なのだろう、僅かにフラつきながら廊下を歩いて行った。
手術中に医師が二人倒れたと、看護士に聞いている。
相当難しい手術だったのだろう。
「ハル…行こうか」
綱吉が肩を叩くと、ハルはビクリと反応を返した。
「あ…はい」
「ハル…」
一瞬見えた怯えの影に、綱吉は眉を寄せる。
怯え…当たり前だ。
今の雲雀は生か死かギリギリの所を彷徨っている。
もしかしたら、そう死ぬかもしれないのだ。
それが怖くないはずがない。
ハルは有能だ。
15年経った今、綱吉の秘書としての仕事も立ち振る舞いも、最早完璧にこなしている。
恋人の命の危機を知らされた今も、平面上は冷静そのものだが、だからと言って心までそうだとは限らない。
いや、元々が感情の起伏が激しい娘であるが故に、押し殺した感情は余計に増幅されているだろう。
「行こう」
先程より力を込めて、ハルの肩を叩く。
それに僅かにでも元気付けられたのか、ハルは小さく笑みを浮かべて綱吉の後に続いて歩き出した。
病室には、既に獄寺と山本の姿があった。
「ツナ、ちょっと話が…」
「あ、うん」
壁に背を預けていた山本が、綱吉の姿を見るなり廊下へと促す。
残されたハルは、ベッドの傍に立つ獄寺の隣へと歩み寄る。
白いシーツに寝かされた雲雀の顔は、何処か青褪めている様に見えた。
実際、弾が身体を貫通したという事からしても、出血は相当酷かったであろう。
脇に置かれた心拍数を図る機器類が、何処か物々しく見えて仕方がなかった。
ピッ、ピッ、と定期的に流れ出す音に、ハルは目を細めて見遣る。
そんなハルの様子を、獄寺はチラリと見遣った。
「泣かないのか」
昔のお前なら、すぐに泣いていただろうに。
その言葉は寸での所で、獄寺の唇に飲み込まれる。
「…泣く理由がありません」
ハルの返答は、淡々とした物だった。
「だって、ヒバリさんは生きていますから」
「あぁ、そうだな…」
普通の女であれば、此処で慰めの一つでも掛けられる。
そうすれば、自分も少しは楽になれる。
しかし、ハルにはそれが出来なかった。
何せ本人は悲しいとは思っていないのだから。
正直、先手を打たれた気がして、獄寺は火の点いていない煙草を噛み潰した。
「獄寺君…ちょっと良いかな?」
細く扉が開き、其処から綱吉の顔が覗く。
「あ、はい。十代目」
手招きされるままに、開かれた扉を抜けて廊下へと出る。
扉を閉める際に見えたハルの顔は、穏やかそのもので微笑んでいた。
「ヒバリさん、早く起きて下さいね」
雲雀の頬を優しく撫でながら、そんな言葉を紡いでいる。
とても、今にも死にそうな人間に話しかけているとは思えない様相だった。
音を立てない様に、そっと扉を閉める。
「ハルの様子は…?」
「何か落ち着いてましたよ。笑いながら、ヒバリに話しかけてました」
「あぁ、そっか…」
獄寺の返答に、綱吉は何処か安心した様に息を吐いた。
「十代目…?」
「いや、さっきまでハルちょっと焦ってたからさ。うん…そっか、ヒバリさんの顔見て安心出来たのかな」
「な…だって、アイツまだ意識戻ってないじゃないすか」
「まぁ、そうなんだけどね。…多分、ヒバリさんは大丈夫だよ。ハルが傍に居るし、ハルが落ち着いてるんならきっと目を覚ますよ」
「は…そんなものなんですか?オレには良く解りませんが…」
「んー、オレもそんな確証がある訳じゃないんだけど」
納得の行かないという表情の獄寺に、綱吉は言葉を濁すしかなかった。
自分でも上手い説明がつかないのだから、仕方が無い。
「で、さっきの話なんだけど…。情報を吐かせてた者が、先刻自害したと報告が入った」
「それじゃ…」
「うん、一から探し直しになる。でも幾つかはもう目星ついてるし、ヒバリさんの意識が戻ればハッキリするから」
ふっと僅かに瞼を伏せた綱吉の顔に、獄寺はゾクリと背筋を震わせる。
最近ますますボスとしての威厳が備わって来た綱吉に、以前以上の尊敬の念を抱いて獄寺は息を呑んだ。
目が覚めた瞬間、ハルの寝顔が目に入った。
「………」
見慣れぬ天井と室内の色合いから、この部屋が何処ぞの病院の一室である事が解る。
瞬間、倒れる前の光景を思い出し、小さく舌打ちをする。
自分ともあろう者が、何と言う無様な醜態だ。
ハルとの約束の時間が迫り焦っていたとは言え、あの程度の弾すら避けられないとは。
「もっと鍛錬しないといけないな…」
低く呟くと、それに呼応したかの様にハルの頭がピクリと動く。
やがてゆっくりと上げられた頭に、雲雀は軽く眩暈を覚えた。
「はひ…。ヒバリさん、お早う御座います」
寝ぼけ眼で此方を見返して来るハルの顔は、普段毎朝見せる表情と全く変わらない物だった。
「よだれ」
「…?」
「垂れてるよ」
「はひっ」
「相変わらず子供みたいだよね、君…」
深い溜息を漏らす傍らで、ハルは必死に口元を拭っている。
「ヒバリさん、怪我どうですか?」
「それ聞くぐらいなら、僕の胸に頭乗せて寝るのやめてくれない?逆側とはいえ、怪我人にする事じゃないと思うんだけど…」
「はひーっ、すみません」
知らず枕にしていたであろう雲雀の胸に視線遣り、幾重にも巻かれた包帯をじっと見下ろす。
「何泣いてるの」
「あ…」
雲雀の指先がハルの頬に触れ、其処で初めてハルは自分の頬を伝う涙の存在に気付いた。
「なん、か…本当に安心して……」
ボトボトと大粒の涙をシーツへ零すハルに、雲雀は片眉を上げる。
「死なないって解ってましたけど…っ。でも、ヒバリさんの声聞けたから、本当に…良かった、です」
次から次へと落ちて来る涙は、雲雀の手を濡らして止む様子がない。
小さく息を吐くと、雲雀は空いている方の手でハルを抱き寄せた。
「ひ、ヒバリさん…胸、駄目です!」
包帯の巻かれた胸に身体が触れそうになり、ハルは慌てて手を雲雀の肩へとつっかえ棒宜しく突っぱねる。
けれど雲雀は一層力を込めて引き寄せる。
「人の胸を枕にして一晩中寝ていた癖に、今更じゃない?」
「それはそうなんですけど…」
「僕が良いと言ってるんだから、君は気にしないで大人しくしてなよ」
肩に置かれた手を掴み、今度こそしっかりとハルを抱きしめる。
傷口が鋭い悲鳴を上げるも痛みを表に出さず、そのままハルの顔をじっと見つめた。
「昨日は約束の時間に帰れなくて御免」
「そんなの…!」
「クリスマスイブだって、ハル楽しみにしてたでしょ。本当は今日だって、二人で過ごす予定だったし」
「良いんです。クリスマスなんて、この先何十回も来るんですから」
雲雀が生きてさえいてくれれば。
ハルの目はそう語っていた。
「…そうだね」
クスリと小さく笑むと、雲雀はハルの唇に軽いキスを送った。
ハルもまたそれに応え様と唇を薄く開く。
けれど雲雀は其処で身を引いてしまい、ハルは閉じていた瞳を開いた。
「ヒバリさん…?怪我、痛むんですか?」
「いや、そうじゃないけど…」
「?」
「これ以上は僕が堪えられなくなりそうだから、ね。君を此処で押し倒しても良いなら、続けるけど」
「…っ!」
ハルは瞬時に顔を赤く染め、雲雀から飛び退いた。
雲雀の腕に刺さっている点滴の管が、ユラリと揺れてハルの視界に入る。
「あわ、す、すみません」
その様子に肩を震わせて笑いながら、雲雀はナースコールを押した。
雲雀の意識が戻ったという朗報に、綱吉達は急いで病室へと集まった。
が、その時には既に雲雀の姿は無く、ハルが真っ青な表情で立ち尽くしている光景があるだけだった。
綱吉の胸中に、一瞬不吉な予感が過ぎる。
「ハル、ヒバリさんは…?」
「ヒバリさん、点滴抜いたら速攻で出て行っちゃいました…」
「は!?」
獄寺の素っ頓狂な声に合わせ、綱吉は溜息を吐いた。
やっぱり…。
「何か、約束を破らせた報いを受けて貰うと言って…」
「約束?何だそれ」
「山本、今はそんなのどうでも良いだろ!で、アイツ一人で敵地に乗り込んだってのか!?」
「はひ…。ハルが止める間もありませんでした」
項垂れるハルに更に獄寺が何かを言いかけたが、綱吉がそれを可笑しそうな表情で遮る。
「いいよ。あのヒバリさんの事だから、多分こうなるだろうって思ってたし」
「十代目!でも、アイツ病み上がりで――」
「うん、だから医者をスタンバイさせておくだけはしとこう」
「そ、それだけですか…」
「まー、今のヒバリに助太刀なんてしたら、オレ達まで攻撃されかねねーだろうしなぁ…」
「そうそう。これは謂わば、ヒバリさんの雪辱戦みたいなものだから」
山本の言葉に綱吉は同意して頷き、言葉を一度切る。
「ヒバリさんが片付けてくれた後に改めて出向こう。二度とこんな事が無い様に、徹底的に叩いておく為にも」
「…他のファミリーへの牽制も兼ねて、ですね」
「うん、その通り」
ニッコリと笑った綱吉に、其処で獄寺も引き下がった。
傷口を開かせて雲雀が帰って来たのは、その更に二時間後。
医師達は絶対安静の旨を言い渡し、半ば監禁状態で雲雀を個室のベッド上の住人にした。
折りしも本日はクリスマス。
休みを貰ったハルは、付きっ切りで雲雀の看病に当たっていたのだが、それがどうやら不味かったらしい。
次の朝、様子を見に来た医師達は頭を抱えた。
安静にしていたはずの、雲雀の傷口がまたしても開いていたのだ。
その原因は皆様お察しの通り。
でも、それはまた別のお話にて。