推して知るべし
「第二ボタン下さい!」
目の前で両手を差し出すハルの姿に、雲雀は胡乱な目付きを返した。
「やだ」
キッパリと断ると、ハルは「ガーン」と口に出してショックを受けた。
「どうしてですか?」
「どうしても何も、まだこの制服着るんだけど」
「はひっ」
「そもそも、卒業する季節でもないんだけど」
「え、あれって卒業する時に貰うものなんですか!?」
「………」
雲雀はまるで不審人物を見るかの様な表情で、目の前に立つ相手をまじまじと眺める。
「一体誰に、何を吹き込まれてきたんだい?」
「あ、これです」
ハルは学生鞄から一冊の小説を取り出すと、それを雲雀に見える様に目の高さまで持ち上げる。
ピンクを基調とした淡い色彩のそれは、女子中学生に今絶大なる人気を誇る文庫本だった。
夢見る乙女仕様のイラストが、表紙を見事に飾り立てている。
雲雀はそれを見ると、それはそれは嫌そうな顔で溜息を吐いた。
「これに書いてあったんです。好きな人から第二ボタンを貰うのが、女の子の夢だって」
「馬鹿じゃないの」
即座に夢を切り捨てられ、ハルは再びショックを受けた。
「そ、そりゃっ。…ヒバリさんから見たら、馬鹿に見えるかもしれませんけど…」
「けど、何?」
ごにょごにょと言い淀んだハルは、チラリと雲雀を見上げて口を尖らせる。
「やっぱり大好きな人の持ち物、何か一つ欲しいなー…なんて。ヒバードは駄目だって言われましたし」
「当たり前だよ。これは僕の鳥だからね」
雲雀は自分の肩に乗っている鳥を見遣り、指先で頭を軽く撫でてやった。
面白い顔をしたヒバードは、雲雀の指に甘える様にして頭を擦り付けている。
「いいなぁ…」
ボソリと呟いたハルを一瞥すると、雲雀はもう片方の手を伸ばす。
「はひ?」
一瞬びくついたハルの頭にその手を置くと、そろそろと柔らかく撫でた。
仰天した様に目を見開く彼女へ、雲雀は意地悪気な笑みを浮かべる。
「こうして欲しかったんじゃないの?」
「え、あ、う…」
言葉にならない呻きを漏らし、ハルは真っ赤になると俯いた。
何もかも見透かしている様な、雲雀のその表情に恥ずかしくなる。
「僕がいれば、それだけで十分なんじゃない?」
「?」
唐突に雲雀の口から出た言葉に、ハルは首を傾げた。
撫でられたという幸福に、頭が麻痺していたのだろう。
「物なんかより、本人の方が良いんじゃないかって言ったんだけど」
間近で見る雲雀の微笑みに、ハルは固まった。
今度はストンと、言葉が脳に落ちてきた。
「それとも、君は物の方が良いのかな」
「いえ!ヒバリさんが良いです!!」
目一杯力強く断言したハルは、緩みそうになる口元を何度も締め直すのに苦労していた。