最後のおくりもの






決壊してしまった涙腺は、何時までも何時までも涙を流していた。
ボロボロ、ボロボロと。
止まる事を知らない雫が後から後から、溢れて、伝って、溜まって、滴る。
何度しゃくり上げ、何度頭を左右に振った事だろう。
コートの端を掴んでいる両手がブルブルと震えて、それでも生地を決して離さない様に力を込めていた。

嫌だった。
彼と離れるのは、彼が居なくなるのは。
此処で別れてしまえば、もう二度と会えないと知っていたから。
ただただ、そんな感情だけが心の中を渦巻いていた。

「ハル」

頬に添えられる手が、とても冷たかったのを今でも覚えている。
駄目なのだ。
自分が何を言っても、この人は死地に赴いてしまうのだ。
それはもう彼が心に決めてしまった事で、自分にはそれを覆すだけの力が無い。
「んな顔すんなっての。王子、行き辛くなるじゃん?」
「…っひ、く。もっと泣いたら、ベルさんは…此処、居て…くれますっか…っぅ」
彼を困らせるだけの言葉だと解っていた。
それでも引き止めたかったのは、彼を行かせたくない、死なせたくないという自分の我侭に過ぎない。
「ハール。良い子だから」
子供をあやす要領で、ベルフェゴールの手が頭を撫でて行く。
普段とは違う優しい手付きが、余計に涙を溢れさせる。
今生の別れなのだと、丁寧に髪を梳くその指先が物語っていた。

嫌だ嫌だ嫌だ。
どれだけ子供染みた仕草に映ろうとも構わない。
どれだけベルフェゴールが困っても知らない。

「ハルは、ベルさんと離れたくありません!!」

叫びが悲痛の色を添えて宙に舞う。
必死の想いを込めた言葉は、ベルフェゴールには確かに届いている筈だというのに、彼はそれに対しては返事をしてくれない。
ただ、何時もの様に笑うだけ。

そして、触れるだけの、優しいキス。
最初で最後の、甘く、悲しい口付け。

「ししっ。ハルの顔、すげー」


あぁ、からかい交じりの言葉でさえどうしようもなく優しいなんて、そんな卑怯な事をされたら、もう引き下がるしかないじゃないですか。


「…誰のせいですかっ」
顔を手の甲で強く拭って、わざと強がってみせる。
怒った振りに、元気な振り。
涙は止まらず、しゃくり声も止まない。
それでもこれは、精一杯の見送りの合図。
自分なりの、彼への別れの言葉だ。
今でも引き止めたくて仕方が無いし、納得なんて出来ている訳が無い。
けれど、それでも―――。

「さよならは、言いませんよ」
「ん。オレも言わねーし」
コートを握り締めていた指先を、一本一本外して行く。
まるで別れへのカウントダウンにも似たその行為に、再び涙が零れ落ちそうになる。
自分を叱咤してそれを押さえ付けると、顔を真っ直ぐに上げて彼を見つめた。


大好きな人の最期の記憶に残るのは、せめて自分の笑顔でありたいから。
だから、最高の笑顔を、去り行く貴方に送りましょう。







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