さぁ召し上がれ
「骸さん!はい、どうぞ!!」
両手を広げて微笑む彼女は、今日も愛らしい。
嬉しそうなその顔を見ていると、つい抱き締めてしまいそうになるぐらいだ。
けれど今はその笑顔を堪能している余裕は無く、ましてや抱き締めるなんて出来そうに無い。
「………ハルさん、これは一体何でしょうか」
クフフが口癖の骸であったが、流石にこの時ばかりは笑えなかった。
何せ目の前の机に山と積まれているのは、大量のホットケーキなのだ。
それも天井を突かんとばかりに、皿の上に重ねて重ねて、更に重ね盛られているのだから、一見して尋常な量でない事が解る。
「はひ?骸さん、ホットケーキ知りませんか?」
「いえ、知ってますが…」
「見ての通り、ホットケーキです!!あ、大丈夫ですよ。シロップはちゃんと2種類用意しましたので、お好きな方使って下さいね。ちなみに普通のメイプルシロップとチョコレートシロップです!」
「いえ、問題はシロップじゃなくてですね…」
「ふふふ、ご心配無用です!取り分け用のお皿もこっちにあります!!」
「いえ、そういう問題でも…」
「ナイフとフォークもバッチリ準備済みです!」
「………はい」
抜かりはありませんと得意気な彼女に、これ以上は何を言っても無駄そうだと判断する。
押し付けられる様にして渡された食器を手に、バランス宜しく積み上がっているホットケーキタワーを見上げた。
「さて、どうしましょう…」
皿を目の前に置いたのは良いものの、このホットケーキの山を食べ切る自信は全く無い。
此処に犬でもいれば、まだ多少の可能性はあったかもしれないが…。
恐る恐るハルへ視線を向ければ、期待に満ちた視線と見事にぶつかる。
全てを平らげる様を見届ける意気込みが見て取れ、骸はやや引き攣り気味の笑顔を返した。
「ハルさん、一つ聞いて良いですか?」
「はひ?何でしょう」
一向に動かない骸に焦れたのか、いそいそと置かれた皿の上へホットケーキを1枚取り分けていたハルが振り返る。
「どうしてまた、こんなに沢山ホットケーキを作ったのですか?」
「あぁ、それはですね。骸さんが最近、どんどん痩せてしまっているからです」
にっこりと笑ったハルは、もう1枚のホットケーキを皿へ重ねた。
「…僕がですか?」
骸は己の腕に視線を落とし、適度に付いている筋肉を確かめる様に、指先に力を入れて何度か摘んでみる。
筋肉が落ちた感触は無く、以前と余り変わった様にも思えない。
「そうです!この間抱きついた時、ウェストが細くなってました。このままだときっと、骸さんはスルメみたいにヒョロヒョロになってしまうに違いありません!もしかしたらペーパーの様にペラペラになってしまうかも…!!」
更にホットケーキ3枚目を重ねながら、ハルは牙を剥いて力説する。
「いえ、そんな事には決してならないと…」
「はい、ハルが絶対にさせません。だからこそ、ハルは骸さんのウェイトを増やす努力をしようと決めたのです!」
骸の言葉を遮り、ハルはまた1枚ホットケーキを重ねた。
「あの、ハルさん…」
「とにかく、骸さんはもう少し太って下さい!!」
「解りました。解りましたから、もうそれ以上それを増やさないで下さい…」
頼みますから、と骸はハルの手首を掴み、5枚目を重ねようとしていた動きを何とか止める事に成功した。
みっちり4枚が積み重なったホットケーキは、最早取り分けた意味が無くなる程の分厚い層になっている。
「はひ。それじゃ、それを食べ終わりましたらまた取りますね」
「…はい…」
目の前に高々と聳える山よりはまだマシなものの、それでも小型の山と呼べそうなホットケーキに視線を移し、骸は小さく息を吐いて胃を押さえた。
ハルから感じられる愛情はとても嬉しい。
何せ、自分の身体を気遣い、これだけのホットケーキを作ってくれたのだ。
材料を揃えるのも大変だったろうが、それ以上に作るのに一体どれだけの時間を費やした事だろう。
それを考えると、嬉しくならない方がおかしい。
だが、この化け物の如き山を平らげる自信は、少なくとも標準体型の今の骸にはなかった。
犬、千種…なるべく早く帰って来て下さい…。
何時もならハルと2人きりの時間をもっと過ごしていたいと願う骸だったが、今は切実に散歩に出た彼等の帰還を願うばかり。
しかし運とは非情なもので、こういう時に限って彼等は遠出をしていた。
「美味しいですか?」
「はい、とても」
背中に汗をかきながらもにこやかに応える骸と、それを嬉しそうに見つめるハル。
ゆっくりと動かされるフォーク、徐々に減るホットケーキの山。
その果てにあるものは、当人達、そして4時間後に帰宅した犬と千種のみが知る事となる。