先見の明は5分だけ
さて、此処で問題です。
もしも愛しの恋人とベッドインしようとしたその瞬間、20代の彼女が10年前の彼女と入れ替わったらどうするべきなのでしょうか。
「………」
「………」
答え。
続行。
「はひ!?」
胸を服の上から弄られ、10年前のハルは小さく悲鳴を上げた。
両手を白蘭の顔に当てて、ギュウギュウと精一杯の力で押し退けている。
「だだだ誰ですか!?というより、此処は何処ですか!」
「…それ、今どーしても答えなきゃ駄目?」
顔を押さえられたまま、白蘭が不服そうに尋ね返す。
「あ、あ、当たり前ですっ!後、早く退いて下さい!!」
涙混じりの声で叫ばれては、これ以上続ける訳にもいかない。
「久しぶりに良い雰囲気になれたとこだったのになぁ…」
深い溜息と共に、白蘭の身体がゆっくりと離れて行く。
完全に顔を強張らせたまま、ハルが直ぐ様ベッドから滑り降りた。
否、落ちた。
見事に前転を決めたスカート姿の少女に、白蘭は小さく笑って手を伸ばす。
「この状況でその格好…。誘ってる様にしか見えないんだけど、やっぱり違うんだろうね」
「違うに決まってます!エロい事言わないで下さいっ!!」
ハルは顔を真っ赤にして抗議しながらも、スカートを抑えつつ差し出された手を借りて立ち上がった。
「元気だねー。ま、それでこそハルって感じかな」
クスクスと笑う白蘭に、ハルの怪訝そうな視線が注がれる。
「…ハルの事、知ってるんですか?」
「うん、良く知ってる。知らないとこが無いぐらいに、ね」
薄暗い室内に、カーテンの隙間から差し込む月明かりがハルの顔を照らす。
対するハルからは、白蘭の顔は完全に影になっていて良く見えない。
「…えーっと、何処かでお会いしましたっけ」
「ん。これからね」
「?」
白蘭の言葉の意味が解らなかったらしく、ハルはしきりに首を傾げている。
「今はの君はまだ会ってないけど、これから会うって意味。この先、近い将来…必ず」
「それは――…」
ハルの足が白蘭へと一歩近付く。
此処が何処なのか、どうして自分は此処にいるのか。
先程までしきりと頭を巡っていたであろう疑問は、すっかり吹き飛んでしまったらしい。
ただただ白蘭の言葉を理解しようと、疑問を投げ掛けるべく口を開いた。
が。
ボフン、と白い煙と共に恋人が戻って来た。
当然、入れ違いに10年前のハルの姿は消えている。
「お帰り」
両手を広げて笑い掛けると、ハルは何故か顔を真っ赤にして腕の中へと収まった。
「どうかした?」
「………白蘭さん。ハル、大変な事しちゃいました………」
「ん?」
月光が届かないベッドの上では、ハルの表情は見えない。
それでも耳まで赤く染めているであろう事は、容易に察しがついた。
「あんなタイミングで過去に戻ってしまうから…ハル、てっきり白蘭さんだとばかり思って……はひー、どうしましょうっ」
半ばパニック状態になって、暴れ出そうとするハルをやんわりと押さえ込む。
「何してきちゃったの」
しっかりとハルの身体を抱き締めて耳元で囁く。
「…その、10年前のハル、雲雀さんと一緒に居たらしくて…」
「うん」
「ハル目を閉じてましたし、まさか過去に戻ってるなんて思わなかったから…」
「うん」
「そのまま………」
「そのまま?」
しつこく尋ねる白蘭に、ハルは口篭って俯いた。
「ハル、言って御覧?」
「う…」
口を閉ざす事は許さない、そんな威圧感が篭められた口調に、ハルは恐る恐る顔を上げる。
「……キス、しちゃいました」
小さな、本当に小さな呟きにも似た返事に、白蘭の顔がにっこりと微笑む。
風に揺れたカーテンが大きく捲れ、丁度良い加減で月光が白蘭のそんな表情を照らし出した。
「へぇ、そっか」
何でもなさ気な態度。
けれどハルを抱き締めている腕は、それを裏切って力強さを増す。
「…はひ?」
「ま、不可抗力だもんねぇ。仕方ないって言えば仕方ないけど…」
スゥと細められた目が、異様な光を帯びてハルを見据える。
「でも、僕以外の男にそんな事したからには、やっぱり仕置きしておかないとね」
「え」
反転する視界。
背中にはシルク製シーツの感触。
「5分間も焦らされたんだし、その分目一杯可愛がってあげなきゃね」
「――――――!!」
バサリ、と乾いたカーテンの音が大きく響く。
白蘭の唇に塞がれたハルの悲鳴は、それによって完全に黙殺されてしまった。