例えばそれはきっと
「ベルさんって、狐っぽいですよね。それも、とびきりゴージャスな」
「ゴージャスなのは、王子なんだから当然の事だけど。…突然どしたの」
唐突なハルの言葉に、ベルフェゴールは呆れた様に振り返った。
ハルは先程から執務机の上で書類を睨んでいる。
一方ベルフェゴールは、上物なソファの上でゴロゴロと転がっていた。
そんな時、冒頭の台詞が突然投げかけられてきたのだ。
「いえ、何となくですけど…」
「何となくすぎ。その薄っぺらい紙に、動物の事でも書かれてた?」
「これっぽっちも、そんな要素はないですねー。何せこれ、今度の会議で使う代物ですから」
「……それ見てるのに、何だって動物の事なんかが浮かぶんだよ」
「何ででしょうねー…」
ハルは書類を卓上へと放り出すと、最近掛け始めた眼鏡を外し、ゆっくりと目元を揉んだ。
その間中も眉間に皺が寄せられ、それを見たベルフェゴールはソファから起き上がる。
「ハル、疲れてる?」
相手の背後に立つと、椅子ごと背中を抱きしめる。
そうする事によって、ハルが僅かに身体の力を抜いたのが解った。
「少しだけ…。最近忙しくて、余り寝てないので」
心地良さそうな顔で、ハルはベルフェゴールの胸元に後頭部を預けている。
「少し休んだら?」
「それがそうもいかないんですよ。この書類の目通し、今日中に終わらせないと…」
そう言って笑うハルの表情は、やはり疲れている者特有の色合いを濃く残していた。
「だーめ」
ベルフェゴールは背を曲げて背後から覗き込む姿勢を取ったまま、ハルの顔を上げさせ、薄く開いた唇にそっとキスを落とす。
口付けるだけの軽いものだったが、ハルは瞼を閉じてそれを受け止める。
「そんなまま仕事しても、ミスするだけだし」
ししっとからかう様に笑いかけると、ベルフェゴールはハルの身体を軽々と抱き上げた。
そのまま先程まで自分がいたソファまで運ぶと、優しい動作でハルを下ろす。
「少し休んでなって。な?」
子供をあやす様に頭を撫でられ、ハルは可笑しそうな表情で頷いた。
「ベルさん、今日は優しいですね…」
「今日はってのが余計」
「あはは、すみません。それじゃ、少しだけ…」
ハルはソファに横になると目を閉じた。
これを言えば、きっとベルフェゴールは怒るだろうけど、狐は狐でも、まるで子供を癒す母狐みたいだなと考えながら。