違うもの








今日こそ、告白する。


獄寺は物凄い足早に歩いていた。
この時間ならば恐らく彼女は、ケーキ屋目指して歩いているはずだ。
ランボやイーピン達は綱吉の家に居たから、一緒という事はまずないだろう。
今が絶好の機会という奴である。
殆ど競歩の様な形で更にスピードを上げる。
見えた。
目標、前方に確認。
落ち着いていけ、隼人。
お前なら大丈夫だ。
獄寺は己を鼓舞すると、ザザッとその場に立ち止まり、大きく深呼吸を二回繰り返した。
そして、大声で叫ぶ。
「おい、アホ女!」
「なっ…!?」
ハルは背後の声に勢い良く振り返った。
この声は、間違いなく天敵のもの。
睨み付けようと視線を合わせると、何故か相手は両手で頭を抱えていた。
「そうじゃないだろ、俺ー!何で名前で呼ばねーんだ!?」
何やら一人喚く獄寺を、ハルは薄気味悪そうに見遣る。
「何なんですか、一体。いきなり人をアホ呼ばわりして」
出鼻を挫かれた獄寺は、言葉に詰まった。
まさか今更、名前で呼び直す訳にもいかない。
「う、う…うるせー!アホ女つったら、アホ女なんだよ!それ以外に言い様がねーだろが!!」
焦りの余りに獄寺の口から出てきた言葉は、何時もの通りのものだった。
だからそーじゃないだろ、俺ー!!
心の中で虚しく叫ぶも、それがハルに伝わるはずもない。
「酷いです!ハルはアホなんかじゃありませんよ!!獄寺さんこそバカみたいにデンジャーな物ばっか振り回してるじゃないですか!!」
「何だと、てめー!?」
言い返されれば獄寺は当初の目標をすっかり忘れてしまい、ハルとの罵り合い合戦に突入してしまったのだった。




マジでオレ、バカかもしんねぇ…。
獄寺は自室に戻ると、一人奈落の底まで落ち込んだ。
漫画であれば此処で、彼の周囲に暗い渦が巻かれている事だろう。
幽霊が出る時等に、良く使われる表現のアレだ。
ヒュードロドロと、今にもそんな擬音が聞こえてきそうなぐらい獄寺は暗かった。
「何だって、何時も言い合いになっちまうんだ…?」
ハァと深い深い溜息を吐き、獄寺は抱えた膝に頭をぶつける。
本来ならば、今頃は失恋しているはずだった。
ハルは綱吉の事が好きだ。
だからこそ、この想いが成就する事はないと、それを覚悟の上で挑んだはずだったのに…。
結果は何故か、何時も通りの喧嘩で終わってしまった。
「何してんだよ、オレー」
だーっ、と叫んでベッドに引っくり返る。
「明日こそ、頑張れ俺」
天井を見上げ、獄寺は自分自身を励ました。




「よぉ」
背後から声をかけられ、ハルは立ち止まって振り返る。
そして目を細めて相手を見返した。
「何か用ですか」
昨日の言い合いを根に持っているのか、口調が何処となくつっけんどんだ。
「用があるから来たんだろ」
自然、獄寺の口調も悪くなる。
しかし、今日はこんな言い合いをしている場合ではないのだ。
昨日出来なかった告白を、今日こそすると決めたのだから。
己を諭す様に一度咳払いをして、気を取り直す。
「あのな…」
「用があるなら早くして下さい。ハルはこれからツナさんの所へ行くんですから」
切り出そうとした矢先、ハルはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「てめっ、だから今言おうとしてんだろーが!」
「怒鳴らないで下さい!耳がクラッシュしちゃいます!!」
獄寺は短気だった。
気付けばまたしても、言い争いに突入している。
しかし、己を自制する間もなくハルが言い返してくるので、自然と意識が其方へと向いてしまう。
だから言い合ってんじゃねー、俺ー!!
意識の片隅で流されるのを必死で止めようとするが、どうも上手くいかない。
寧ろ、今まで上手くいった試しがない。
「大体なぁ、10代目のところに何だって一々顔出してんだ!?ファミリーでもねーくせに、図々しいんだよ!」
「何言ってるんですか、ハルは将来ツナさんのお嫁さんになるんですよ!?今から色々と顔出しするのは当然じゃないですか!」
「バカじゃねーのか!嫁ってお前が勝手に言ってるだけだろ!10代目にはそんな気、これっぽっちもねーんだよ!!」
売り言葉に買い言葉。
しかし獄寺は、言った瞬間後悔した。
ハルが突然口を噤んでしまったせいだ。
その目は此方を睨み付けているが、見る間に潤み始めている。
「そうかもしれませんけどっ…でも、ハルは…」
必死に泣くまいと堪える顔に、獄寺は気まずそうにハルを見つめた。
「ハルは、ツナさんが大好きなんです!!」
叫ばれた言葉は、獄寺の胸を貫いた。
解ってはいた事だし、常に好き好きオーラを見続けていたのだから、慣れていると思っていた。
しかし実際にハルの口から聞くと、とてつもない衝撃が獄寺を襲った。
「俺だってなぁ…」
呻く様に言葉を搾り出す。
声が掠れて自分でも酷く耳障りだった。
「俺だって好きなんだよ!」
自分でも、泣いている様な声だと解った。
けれどそれを恥ずかしいと思う余裕は、今の獄寺にはない。
ついに、言っちまった…。
やり遂げたという満足感と、綱吉に対する嫉妬心とが混ざり合い、獄寺の顔は奇妙な表情を浮かべていた。
しかし今にも泣きそうだったハルが、目と口を大きく開けて此方を見ている事によりそれは消え失せた。
恐らくビックリして言葉も出ないのだろう。
当然だ。
会えば常に言い合いばかりで、今までそんな素振りを見せる事すら出来なかったのだから。
「はひ…」
「何だよ」
急に照れ臭さがこみ上げてきて、獄寺は視線を外した。
「え…でも、そんな…」
ハルは一人で何やらブツブツと言っている。
「そんな、じゃねーよ。さっき言った通りだ。…本気で、言ったんだぜ」
ハルと目が合わせられない。
しかし彼女の視線は痛いぐらいに感じるのだ。
獄寺の顔は今や耳まで赤くなっていた。
「だって…獄寺さんの好きって、尊敬とかそういうのだと思ってましたから…。えと、だから……」
「……。……。………?」
尊敬?
ハルの戸惑いがちな声に獄寺は首を捻る。
尊敬の好き?
どういう意味だ?
「まさか獄寺さんも、ハルと同じ様にツナさんの事を好きなんだとは思いませんでした!今まで気付かなくて御免なさい!!」
ハルの叫びに、獄寺の顔は青さを通り越して白くなった。
「な、に…?」
「で、ででも!ハルだってツナさんが好きなんですから、獄寺さんには負けませんよ!!」
ハルは思い切り叫ぶと、後は脱兎の如く駆け出してしまった。
残された獄寺はというと、真っ白になったまま呆然とするばかり。
頭が完全にこんがらがって、現状がよく掴めない。
何度も何度もハルの言葉を頭の中で整理して、そこで初めてハルがとんでもない誤解をしてしまったのだと気付いた。
「…つまりは、あれか…?オレが主語を言わなかったばかりに……?」
ハルに告白するどころか、ハルの恋敵宣言をしてしまったという訳だ。
とんでもない事態に、足が地に張り付いて動かない。
帰宅途中の綱吉達が通り掛るまで、獄寺は魂が抜けた様にその場に突っ立っていた。




彼の本当の想いは、当分伝わりそうにない…。








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