捕らえられないその存在






伸ばした手は遠くて、こんなにも遠くて。
どれだけ必死でもがいても、その距離は一向に縮まらない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。

「―――さん」

これは夢だ。
だからこそ、懸命に走っても追いつけない。
もう何度も見た光景だからこそ、夢だと解る。
それでも尚、足掻き続けずにいられないのは、彼が現実には居ないからだ。
せめて夢の中だけでも会えたら…。
そんな想いが、今のこの結果と成り果てている。

「――リ、さん」

お願いだから、こっちを向いて。
笑わなくても話しかけてくれなくても良い。
ただ一目。
一目だけで良い。
貴方のその顔が見たい。
もう何年も見ていない、記憶からすらも既に薄れ掛けてしまっているその顔を。
私が完全に忘れてしまわぬ内に、どうか。
どうか、お願い。

「…ヒバリさん」

声が正確に自分の耳に届いた瞬間、目の前の姿は霧散して消え失せてしまう。
あぁ、まただ。
また、この繰り返し。
開いた瞼はとても重く、冷たく不快な感触を伴う雫が幾筋も頬を伝い落ちて行った。


「起きたの、ハル?」
涙を優しく拭い取る指先が視界に入り、ハルは視線をゆっくりと其方へ向けた。
「ツナさん…」
「また、雲雀さんの夢?」
「はい…」
「そっか」
何処か寂しそうな表情で笑う彼に、すみません、と声に出さずに呟く。
「良いんだ、ハル」
指先に付いた涙の粒を舐め取り、綱吉はゆるりと首を振った。
「彼から君を奪ったのは、オレなんだから」
「…いいえ。ツナさんは、ハルを救ってくれました。雲雀さんが亡くなったあの日、この世界にハルを引き止めてくれたのは、貴方です」
「ハル…」
「雲雀さんの後を追おうとして…ハルは、でも…ひっ…く」
喋る度に盛り上がる涙の衝動に、肩が不規則に引き攣って揺れる。
「もう良い。もう、喋らなくて良いから…」
両手で顔を覆って泣くハルの頭を撫でると、綱吉は悲痛に目を細めて小さく呻いた。

会いたい、会いたい。

口にせずとも、否、だからこそ余計にハルの心の叫びが聞こえて来る。
「………」
こうして宥め続けて幾数年。
誰よりも一番近くに居るというのに、彼女の心は次元の違う人間の元に在るままだ。
ハルがこうして泣く度に、雲雀を想って咽ぶ度に、綱吉の心は引き裂かれる。
自分を見て欲しいと願っても、それを彼女に伝える事は出来ないから。
言葉という形にしたが最後、彼女の傍には居られなくなってしまうからだ。
雲雀という存在を取り上げた瞬間、ハルは恐らくこの世界から居なくなるだろう。
何よりも彼女を支える、最後の砦が彼の存在なのだから。
あぁ、どうしようもないこのジレンマ。
自分か彼女か、どちらかが息絶えるまで、この追いかけっこは永遠に終わらない。
ハルは雲雀を、自分はハルを。
互いに相手を求めて足掻き続ける一生。

「ハル、寝た?」
何時の間にか、泣き疲れたハルの口から、再び穏かな寝息が出入りしていた。

「…お休み、ハル…」

そうしてハルは夢の中へ舞い戻って行く。
彼女の心を切望するこの自分では無い、彼女が誰よりも愛する者へ会う為に。







戻る