唐突なる悲劇
「………」
「………」
雲雀とベルフェゴールは思わず目を見交わせた。
何時もなら此処ですぐに戦闘が始まるぐらい二人は仲が悪かったが、流石に今の状況下ではとてもそんな気にはなれない。
何故なら、ハルが何かを期待している目で此方を見ているから。
それもとんでもなく嫌な方向性の視線で。
両手には、最近常に持ち歩いているペンと小さなノート。
「な、ハル。聞いて良い?」
「はひ、何でしょうっ!?」
堪りかねた王子様の質問に、ハルは顔を更に輝かせて身を乗り出して来る。
唇が触れそうなぐらいの近距離に、何時ものベルフェゴールであれば喜ぶ所なのだが……。
「そのメモ何に使うのか、すっげー気になんだけど…」
今もまさに何かを書き留めていたハルは、その言葉にそっと目を伏せて視線を逸らす。
「それは、言えません」
そりゃ言えないだろうなー…。
思わず言いかけた言葉を、グッと堪えて何とか飲み込む。
そんなベルフェゴールの視界の端で、雲雀が遠くを見ている様子が見て取れた。
あぁ、その気持ちは解る。
痛いぐらいに、良く解る。
本来ならば解りたくもない相手だけれど、何せ今の互いの立場は全く一緒だ。
嫌でも相手の気持ちが読み取れてしまう。
雲雀からハルへと視線を戻すと、今にも踊り出しそうなぐらい嬉々とした表情で、彼女は何事かをノートへ書き留めている。
「やっぱり……。いえ、……はこうで、雲雀さ……は照れ……。此処……ベルさんの片思い設定……ううん、それよりも……」
その合間に聞こえて来る恐ろしい呟きに、ベルフェゴールは思わず全身が総毛立った。
「あぁ、もうハルはどうしたら良いのでしょう!?ねぇ、ベルさん!」
ノートから顔を上げたハルが、此方へと迫って来る。
オネガイダカラ、ナニモシナイデクダサイ。
反射的にそんな文句が頭に浮かび、そしてそれらはトグロを巻いて蹲った。
ブスブスと黒い煙を上げて、脳内で文字がのた打ち回っている。
「うーあー、思考がショートしそうなんだけど…」
片手で顔を覆い隠し、深い深い溜息を吐く。
「あぁ、その気持ち解ります!ハルも、もうネタが有り過ぎて、ハッピーなんですけど頭がプッツンといってしまいそうです!!」
トレビアーン、と薔薇色の空気を撒き散らし、今度は雲雀へと迫るハル。
いやもう十分プッツンしちゃってるから。
雲雀にベルフェゴールの何処が好きかをしつこく聞いているハルの姿に、思わずテーブルの上へと突っ伏した。
何コレ。
何なのコレ。
俺何かした?
俺が何したっての?
何で好きな奴からこんな仕打ちされないといけないワケ?
おーい、エース君。
頼むからハル止めてー。
ベルフェゴールの声無き悲鳴を聞き取った雲雀が、無表情に此方を見た。
その顔は、心なしか青ざめている様にも見える。
雲雀が自分と同じ心境なのは間違い無い。
「それじゃ夏コミは、これで決まりですね!」
はひー、とノートを胸に抱きしめてハルが叫んだ。
「…何が何だって?」
雲雀の声に、ハルが心底幸せそうな笑顔で答える。
「雲雀さんとベルさんのピーーーーーーー」
瞬間、ベルフェゴールと雲雀の頭の中で、放送禁止の音が高らかに鳴り響き、ハルの言葉を見事に打ち消した。
それは即ち、ハルの喋った内容は、二人にとって非常に聞きたくない言葉だったと言う事。
「そういう訳で、ハルは帰ります!早速原稿に取り掛からないと、印刷の日程が……ブツブツ」
ノートを大事そうに鞄に仕舞い込み、ハルは颯爽と席を立った。
喫茶店へ残された今の二人に、彼女を止める気力があろう筈も無い。
「なー…」
「何」
「ハル、何でああなったの?」
「知らない」
「あれって、あれだよなー…。何てったっけ。日本で凄い急増中の…」
「………」
「ボーイズラブがどうとかこうとか…」
「………」
「腐女子ってヤツ?」
「…それ以上言わなくて良いよ」
げんなりした表情の雲雀が、片手をベルフェゴールの目の前で広げて止める。
「これ以上、自らの傷口に塩を塗り込む必要があるのかい?」
雲雀の尤もな台詞に、ベルフェゴールは大人しく黙した。
ハルの特別な存在になりたいとは思っていた。
それがまさかこういう形で実現してしまうとは…。
好きな女の子の頭の中で、自分達二人の恋愛ドラマが繰り広げられている等、誰が予想し得ただろうか。
「君も僕も、これで諦められるのなら楽だけどね…」
「それが無理だから、困ってんじゃん」
頭を抱えた男二人。
そんな彼等の本当の想い人が誰なのか、当の本人が気付く日は遠い。