うしと見し世ぞ今は0
「獄寺さん、命にどんな意味があると思いますか?」
「あぁ?」
ハルが突然妙な事を言い出した。
前々から突拍子も無い事を仕出かす女だとは思っていたが、今回はまた極めつけにとんでもなかった。
「てめー、一体何言っ…」
「解らないんです」
俺の言葉を遮って、ハルはポツリと呟く。
僅かに伏せられた瞼から覗く目が、何故か虚ろに見えて仕方が無かった。
「…ハル…?」
「解らないんです」
同じ言葉を繰り返して、ハルは笑った。
「ハルには、命の存在意義が解らなくなってしまいました」
その時のハルの表情に、俺は目を吸い寄せられた。
晴れやかな笑顔だった。
とても、晴れやかな表情だった。
何かを吹っ切った様な、そんな清々しい笑みでハルは意味不明な言葉を吐き続けた。
「想いは何時か消えてしまいます」
「記憶も何時か消えてしまいます」
「愛情も憎悪も等しく同じ」
「何れは滅んで無くなる物です」
「何れは無へと帰してしまう物です」
「命も存在も、何もかも」
「なら、どうして」
「どうして、生命は産まれて来るのでしょうか」
「どうして、何時かは消え行く物がこの世に出て来るのでしょうか」
「不思議です」
「理解不能です」
「ハルには、もう、何も解らなくなってしまいました」
ハルはただ、笑っていた。
綺麗な笑顔で、俺を見て言葉を連ねていた。
それなのに、どうしてだろうか。
その時のアイツが泣いている様に見えてしまったのは。
「………」
俺は返す言葉を持たず、ハルもまた返事を望んではいなかった。
後に残ったのは沈黙だけ。
ハルはずっと笑い続けていた。
もっと早くに気付くべきだったのだ。
ハルの様子が、おかしいという事に。
そうすれば、少なくともあんな事態にはならなかっただろうに。
そして、恐らくそれがハルを救う最後の機会だったのだ。
ボンゴレファミリーの10代目、沢田綱吉が殺されたと訃報が届いたのが二週間後。
ファミリー全体を揺るがすその大事態に、ハルの姿が無いと気付いたのは俺が最初だった。
すぐさま召集された、上層に位置する幹部のみで構成された会合で報告された真実に、その場に居る誰もが咄嗟には口を開けなかった。
「嘘だろ…」
隣の席に座った山本が小さく呻く。
「残念ながら、事実だ」
昔も今も、変わらず綱吉の兄貴分であるディーノが、重々しい口調で返す。
「ミルフィオーレが最初からツナを殺すつもりだったのは間違いない。但し、直接手を下したのは、間違いなくあいつの秘書だ」
「秘書って…ハルしかいねーじゃねーか…」
愕然とした表情そのままの口調で、山本は拳を握り締めている。
「そうだ」
ディーノの言葉は、俺の脳に激しい揺さぶりを掛けていた。
途端、先程までの静けさが嘘の様に、一気に場がざわめき出す。
どうして、気付かなかった…!?
知らず噛み締めていた唇が切れ、鉄の味が口の中に広がる。
もっと深く考えておくべきだった。
ハルの言動、そしてあの笑顔の意味を。
あの時既に、ハルは決めていたのだ。
綱吉を殺す事を。
最愛の人物に手を掛ける事を。
ミルフィオーレとハルにどんな経緯があったのか、それは解らない。
けれど、その兆候はあった。
俺にわざわざ問いかけるという、尤も見えやすい形で縋っていたのだ。
ガンッ
テーブルに拳を打ち付けると、置かれた茶器が跳ねて耳障りな音を立てた。
一瞬にして静まった場に、視線をテーブルの最上位に着いている小さな子供へと向ける。
中学生の頃から綱吉の傍で、ずっと彼を見守り鍛え続けていた、世界最強の暗殺者へ。
俺の視線を追う様に、誰もが同じ方向を見ていた。
全員の視線を一身に集めた子供、リボーンは重々しい口調で一言告げた。
それは即ち、三浦ハルの抹殺命令の合図。
ハルがボンゴレファミリーの敵となった瞬間だった。