やまいだれ






何でハルはこんな所にいるのでしょうか…。
何度も何度も、自分へ問いかけた台詞を再び繰り返してみる。
そして、目の前で足を組んで豪華な椅子に座っている人物へ、チラリと視線を投げ掛けた。
「………」
一体何が気に入らないのか、その男は先程から不機嫌な目付きでハルを睨んでいた。
顔に幾つもある古傷が、男の存在をハッキリと際立たせている。
広い部屋の中は、ハルとその男の二人きり。
無言の空間が、だからこそ余計に重く感じられた。
「あの」
「………」
「あのですね」
「………」
「聞いてますか?」
「………」
「もしもし?」
「………」
「もしもーし!」
「………」
何を言っても返事は無く、男は同じ姿勢のまま微動だにしない。
姿だけを見ればまるで人形の様だ。
けれどその眼光は余りに鋭く、男が人間だという事をしっかりと示している。
ハルは溜息を吐くと、ソファから立ち上がった。
見知らぬ男達に無理矢理連れて来られたのが数刻前の事。
明らかに日本人ではない顔立ちと態度に一瞬誘拐かと思ったが、乗せられたのが高級車だったので逆に呆気に取られた。
その後の男達の対応は紳士的で、逃がしてはくれなかったが、丁寧な態度で接してくれた。
そして立派な屋敷の立派な部屋に通された。
それが此処だ。
ハルがソファに座ってすぐに男達は部屋を出て行き、入れ替わるようにしてこの男が現れた。
ハルを見ても男は一言も喋る事もなく、向かい側に腰掛けると後はずっとこの調子だった。
「一体何なんでしょう…」
せめて此処に連れて来られた理由ぐらい知りたい。
仕方なく外に出て誰かを探そうと扉に手を掛けた瞬間、ハルはノブを握った手を押さえつけられた。
「え」
すぐ傍に感じた気配に、顔だけを背後へ向けると、其処には先程まで椅子に座っていた男がいた。
自分以外動く物音はしなかったというのに、何時の間に移動したのだろうか。
信じられない思いで男を見つめると、今まで結ばれていた口が其処で漸く開いた。
「何処へ行く?」
「どこって…事情説明してくれる人を探そうかと…」
「必要ねぇ」
「必要ありますよ。もう夜ですし、ハルも帰らないといけませんから」
言い返した瞬間、男の片眉がピクリと動いた。
怒らせたかと一瞬不安になったが、それでも言い直す事はしない。
事実、時計は既に夜の9時を示しているのだ。
何時までも此処にいる訳にもいかない。
「必要ねぇと言ってるんだ。おまえの父親には連絡してある」
「はひ?それは一体――」
「黙ってろ」
疑問をあげかけたハルの口が、不意に男の唇に塞がれる。
「!?」
どアップで視界を埋めた男の顔に、ハルは仰天して反射的に片手で突き飛ばす。
けれど男の身体は微塵も揺らぐ事無く、唇も奪われ続けたままだ。
「ん、んんーっ!!」
塞がれた口で悲鳴を上げるも、舌を絡められてそれすら侭ならない。
パニックと酸欠で意識が薄くなり始めた頃、漸く顔が離れていく。
「な、な、なに……!!」
「まるっきりガキだな」
ふん、と男は鼻で笑う。
「――!!」
余りな言葉にハルは爆発しかけるが、その前に男の腕がハルの身体を抱きとめた。
「まぁ良い。これからオレ好みに仕上げればすむ事だからな」
くっと低い笑い声が耳を擽り、ハルは怒りも忘れて真っ青になった。
「一体何言ってるんですか!…って、ひゃぁっ」
突然宙に浮いた身体に、ハルはそれ以上言葉を告げなくなる。
まるで米俵でも担ぐかの様な扱いだが、男の腕はしっかりとハルを肩の上へと固定していた。
パクパクと口を開けたり閉じたりするハルに構わず、男はハルが開け様としていた扉とは別の扉を開く。
電気が灯っていないので良く見えないが、其処は寝室ではないだろうか。
「………」
事態が良く飲み込めず、ハルは呆然と巨大なベッドを凝視する。
その間にも男の歩みは進む。
目の前にある、寝具へと向かって。
「オレの名はザンザス。おまえの初めての男の名だ、覚えとけ」
「初めて…」
ショックが大き過ぎて、どうにも思考が追いついて来ない。
言葉を繰り返しても、意味がサッパリ解らなかった。
そんなハルにはお構いなしに、ザンザスはハルをベッドの上へと放り出す。
薄い笑いを浮かべた顔を、ハルはやはりぽかんとした表情で見つめていた。




翌日、痛む身体と共に目覚めたハルは、漸く叫ぶ事を思い出すのだった。







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