物思ふころは明けやらで












「スパナさんは、女性には興味が無いのかと思ってました…」
「何故?」
ハルの小さな呟きに、スパナは不思議そうに首を傾げた。
「だって、ずっと機械ばかり弄ってますし…モスカが恋人なのだとばかり…あっ」
くち、と粘膜の濡れた音に、ハルの声が上擦る。
「余り否定は出来ないけど…」
緩く二本の指先を抜き差ししては、秘所を徐々に解して行く。
「ハル、それはヤキモチ?」
冗談めかしてそう尋ねてみた。
薄い笑みで覆われたスパナの顎先から、ポタ、と汗が滴る。
唇に落ちてきたそれを赤く濡れた舌が舐め取り、ゆるりと首が左右に振られた。
「違、います…よ」
「だろうね」
即座に返された言葉に、スパナは口端を歪めて笑う。
此処は冗談でも、肯定して欲しかった。
けれど、ハルにはそれが出来ない。
何故ならば―――。

「あんたには白蘭がいるから」

息を呑む音。
ハルは目を見開いて此方を見上げている。
「…ご存知だったんですか」
「うん」
否定しない彼女に、スパナの表情が一瞬虚ろになる。
ハルはそれに気付かず、大きく息を一つ吐き出した。
「なら、やめますか…?」
何処かホッとした様な表情、それが酷く癪に障った。
これで白蘭を裏切らずに済む。
ハルの顔はそう物語っていた。
誘ったのは、そっちの方からだというのに。
「止めない」
キッパリと言い切ったスパナに、ハルの目が驚いた様に瞬く。
まさかそんな返事が来るとは予想すらしていなかった。
そんな態度に、心の奥がキリリと機械仕掛けの様な音を立てて痛んだ。
「もう、良いね」
「…っん」
中指を態と折り曲げたまま引き抜くと、ハルの身体が微かに揺れた。
身を屈めて、完全に形を成している胸の先端を口に含む。
瞬間、ハルの両手が両肩に掛けられた。
「何」
「…あ」
冷たい視線を返せば、僅かに怯えた表情でハルは此方を見た。
咄嗟に出た拒絶の証。
互いにそうだと解ってはいても、しかし言葉には出来ずに見つめ合う。
「その…」
「まさか今更、嫌だなんて言わないよな」
口篭るハルへと、自分でも驚く程冷ややかな声を浴びせた。
それで彼女が何も言えなくなると、承知の上で。
「は、い…」
肩に掛けられた手の力が、ズルリと一気に抜け落ちる。
そのタイミングを見逃さず、スパナは改めてハルへと圧し掛かった。




「あっ、あっ、あ…!」
突如として激しくなった動きに、ハルの目から溢れた涙が飛び散る。
「塩辛い…」
舌先でそれを舐め取ったスパナが、動きを止めないまま呟く。
常日頃から屋内にばかり居るというのに、何故こんなにも体力があるのだろうか。
適度に付いた筋肉と日焼けの無い肉体に、ハルはぼやけた目を向ける。
衣服を身に着けている時は、ひょろりとした印象が強かった。
しかし剥き出しになった上半身は引き締まっており、ハルをひたすらに翻弄させるに充分な力を備えていた。
「ひぅ、ん…っ」
「此処?見つけた」
ハルの良い箇所。
男の囁きは、ハルの耳には届かない。
一番の性感帯を執拗に嬲られ、それどころではなかったと言った方が良いだろうか。
「ぅああ、あぁ、は…ひっ!や、やぁあ、…そこ、駄目っ」
気が狂いそうなぐらいの快楽に、ハルの背中が魚の如くシーツの上で跳ねる。
スパナの片腕がそれを支えながら、尚激しく攻め立てた。
「…凄い、乱れ方だ…っ。彼の前でも、こう…?」
「そ、なの…解りませ…っ、はぅっ」
ヌチュ、と途中まで引き抜いた自身を、スパナが一気に奥まで突き立てる。
その振動に、入り口が反射的に締まった。
「…っ、く」
ゾクリと、汗の浮いた背筋が粟立つ。
熱い身体に、寒気にも似た電流が走った。
スパナは奥歯を噛み締めて衝動の波をやり過ごすと、ハルの両脚を更に高く抱え上げ、骨同士をぶつける勢いで腰を叩き付けた。
「んあ、あっ!…気、が……っ違いそう…は、う――…んっ」
ハルの目から涙が溢れている。
とめどなく、ボロボロと流れ出ている。
それは、快感が過ぎているが故の証というよりも、後悔の残滓に見えた。
恐らくは、白蘭と何かあったのだろう。
元々ハルは、浮気と承知の上でこんな誘いを掛ける様な人間ではないのだから。
「ひぁ、う…っ」
嬌声が、スパナの耳中で哀願へと変わった。
苦しい、と彼女が泣いている。
苦しくて堪らない、と叫んでいる。
「呼んで」
荒い息の中、スパナはハルの顔を見据えた。
「…ん、ぅ……あ、何…を?」
「名前。楽に、なる…っ」
ギシギシとベッドが悲鳴を上げている。
その激しい音の合間に聞こえる言葉を、ハルは目を見開いて受け止めた。
誰の名前かは敢えて出さない。
それはハルが決める事だと思っているからこそ、告げないでおく。
「……っ、ナさん」
ハルの顔が一層歪んだ。
「スパ…ナ、さんっ…」
そしてハルが選んだのは、目の前にいる男の名だった。
本当に呼びたかったのは、別の名前であっただろうに。
「残酷だな、あんた」
舌打ちしそうになるのを堪えて呟き、スパナは自身を引き抜くとハルを横抱きに抱えた。
「……え、…っ?」
突然の浮遊感に、ハルの濡れた両目が開く。
汗の浮き出た顔が、廊下に面したガラス窓へと近付く身体に、凍りついた様に固まる。
「何、を…」
当惑の声を漏らすハルを窓辺へ降ろすと、逃がさない様に自分の身体で押さえ付けておく。
腰を後ろへと突き出す格好で立たせると、スパナは片手を伸ばして窓の透明度を変えるパネルを操作した。
小さな機械音と共に、それまでは白く濁っていたガラス窓が徐々に透けて行く。
完全に廊下が見渡せる様になってしまった前面に、ハルは小さく悲鳴をあげた。
「…やっ、スパナさ……」
上半身をガラスへと押し付けられ、ハルは振り返ろうと身を捩る。
けれどそれより早く、スパナが再び身を沈めた。
ズルリと侵入してきた熱い塊に、ハルの動きが止まる。
「……ふ、ぁっ」
甘い声と共に粟立つ背中へと、舌を這わせてスパナが低く笑う。
「誰も居ないし、気にしなくて良い」
「そ、んな…無理っ……」
真夜中といえども廊下は煌々とした明かりで照らされており、今や通常のガラス窓と化したこの状態では、万一にでも人が通れば室内の様子は丸見えだ。
「いや…、スパ…あ、あぁっ」
窓ガラスに爪を立てて抗議するハルの声を無視すると、スパナはゆっくりと律動を始める。
ガクガクと震え、崩れ落ちそうな腰を両手で掴み、まるで反応を楽しむかの様に敏感な箇所を何度も突き上げた。
「ひ、ぁ…あっ。や、ぁっ」
羞恥心か恐怖か、恐らくはその両方の気持ちが、内部のスパナをきつく締め付ける。
それに加わる泣き声が、スパナの感情を高ぶらせて行った。
「名前、呼んだら許してあげる」
優しい声で囁くと、ハルは子供の様に首を左右に振った。
身を乗り出すと頬を伝う涙に口付け、スパナは「ほら」と促す。
「…パ、ナさ…」
弱々しく返って来た言葉に、ズンと奥を突き上げる。
「あぅ…っ」
「違うよな、呼ぶ相手」
スパナの声に苛立たし気な棘が含まれる。
これは立派な脅迫だ。
ハルが彼の名を呼ぶまで、自分は許す気はないと、そう言ってるも同然なのだから。
何時人が通り掛かるか解らないこの状況下で、ハルは精神的にも追い詰められていた。
しかし、ハルの泣き声は変わらない。
「スパナさん…ス…パナ、さ…っ」
繰り返される名前に、スパナの顔が悲痛に歪む。

本当に、残酷だよ。
―――ハル。

どうして白蘭を呼ばないのか…その理由は、酷く簡単で。
ハルは此方の気持ちを知ってしまったのだ。
多分、繋がったその瞬間に。
だから、呼ばない。
だから、呼べない。
もしもこの部屋に来る前に、ハルが此方の好意に気付いていたとしたら、絶対に誘われなかっただろう。
「スパナさん…っ」
ハルの悲鳴。

あぁ、もう充分だ。

スパナは一気に腰の動きを速めて、ハルを背後から追い立てた。
交じり合った体液が、白く濁って滴る程強く。
ヒュ、とハルの喉が鳴った。
呼吸も侭なら無い激しい動きに、ハルはただただ翻弄されるしかない。
「ゃあ、あっ…は、…ぅあ、ああぁん―――!」
びくびくっと足を震わせてハルが絶頂に達する。
「…ふ…、っ」
今まで以上に強く締め付けられた内壁へと、一気に集まった奔流を吐き出し、スパナは荒く息を吐いた。
何度か痙攣する身体を抱きしめ、最後の一滴まで全てを注いで行く。
「…ぁ、……」
未だ硬度を保っている己を引き抜き、ぐったりした身体を反転させると、ハルは意識を失っていた。
「………」
呼吸をする度に何度も揺れる肩を見下ろし、スパナはハルの唇をチロリと舐めた。
優しいキスなんて、今は出来そうにない。
そうと解っていたからこそ、それだけで終わらせた。
「ハル…」
囁いた名前に、乾いた笑いが漏れる。
思った以上に強く、自分はハルの事が好きだったのだと、スパナは目を閉じて小さな身体を抱きしめていた。







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