貫きとめぬ玉ぞ散りける











気付けば雨が降っていた。
とは言え、障子越しでは天から落ちてくる水の雫は見えない。
只、聴覚が捉える、静かに地を打つ音からして雨だと判断しただけだ。
だから確実に雨だとは言い切れない。
もしかしたら誰かが水撒きでもしているのかもしれないし、噴水の音なのかもしれない。
其処まで考えてハルはクスリと笑った。
噴水等、この屋敷にあるはずが無かった。
外観からして和一色の、この日本屋敷に。
布団の中で温まっていた手を、そっと畳の上に這わせてみる。
ひんやりとした感触が伝わり、それが存外心地良くて顔を綻ばせる。
瞬間、クラリと軽い眩暈がハルを襲った。
立ち眩みにも似たそれに、寝転がったまま瞼を閉じる。
先程からやけに額が熱いと思えば、これはやはり熱が出ているのだろうか。
目を閉じた状態で、そろりそろりと指先だけをゆっくりと動かしてみる。
湿気が微かに染み込んだ畳の感触と、その匂いに心が落ち着くのをハルは感じていた。
途端に、ズキリと腹部が痛む感触を覚えて小さく呻く。
突発的な短い衝撃が去っても、余波のせいかまだズキズキと小さく痛んでいる。
大分治ったとは言え、それでもまだ完全では無いらしい。
何しろ刃物で抉られた傷だ、それも当然の事なのかもしれない。
畳に這わせていた手を痛む傷口へと当てると、襦袢の下にはしっかりと何重にも巻かれた包帯がある。
胴体を覆う様に巻かれたそれは、数日前までは何度変えても血が滲んでいた。
その為に長衣には袖を通さず、何時でも包帯が変えられる様にと、ハルは襦袢一枚で寝ている事が多かった。
今もまさにその格好で寝ていたのだが、襦袢とは現代社会でいう所の下着姿である。
とてもではないが、この格好では部屋からは出られない。
「…はひ」
小さく息を吐くものの、この傷は大切な人を守った証だ。
後悔はしていない。
例え、引き攣れた様な傷跡が残るとしても。

「―――?」

ふ、と障子の向こうから良く知る気配が肌をざわつかせた。
この独特な雰囲気は、間違い無く彼だ。
ハルが凶刃に倒れてこの一週間、一度も姿を見せなかったあの人だ。
ゆっくりと身体を起こすと、傷が痛まない様に注意して、そろそろと亀の如き動きで這って行く。
久方振りの気配に、自分が今襦袢一枚しか身に着けていない事等、すっかり頭から飛んでしまっていた。
カラリと音を立てて障子を開くと、真っ先に雨の帳が視界一杯に広がった。
そして、それに溶け込む様にして、雨の中に佇む影が一つ。
石畳の上で微動だにせず、天を睨む様に目を細めてじっと見ている。
完全に雨が染み込んだ、黒の和服に身を包んだ彼は案の定、ハルが守ろうとした彼の人物だった。
「雲雀さん…?」
小さい声ではあったがちゃんと聞こえたらしく、呼び掛けると雲雀は此方をゆっくりと振り返った。
その目が尋常で無い冷たさを宿している事に気付き、ハルは息を呑んだ。
「…起きたの」
低い声は何時も通り、その表情も変わり無い。
それなのに、どうして目だけがこんなにも冷ややかなのか。
恐らく、雲雀は怒っている。
それも尋常で無いぐらいに、激怒しているのだ。
髪先から雨の雫を滴らせ、雲雀はゆっくりと歩み寄って来た。
墨染めと見紛わんばかりの黒衣は、今やずっしりと重くなっているだろう。
しかし、そんな事は微塵も感じさせない足取りだった。
滴る水をそのままに、雲雀はハルの居る縁側へと上がる。
ピシャリ、と磨き抜かれた床を打つ水音が耳に届く。
気付けば雲雀は、ハルの直ぐ目の前で膝を折っていた。
伸ばされた右手が、ハルの首に掛かる。
軽い圧迫感に、ハルの顔が微かに歪んだ。
呼吸は出来るが、酷く不自然なぐらい血が頭に上って行く。
ヒュと乾いた呼吸音が雨の音に掻き消される。
「雲雀さん、何を怒って……」
「黙りなよ」
辛うじて出した声は、しかし一瞬にして掻き消されてしまった。
言葉を封じた雲雀の唇は意外にも熱く、今まで雨に打たれていたとはとても思えないぐらいだ。
「…、っん」
只でさえ困難になっている呼吸すら奪いかねない強い口付けに、ハルの頭に靄が掛かり始める。
とろりと甘い、濃厚な匂いがそれを増幅させて行った。
「…待っ、て下さ……」
「待たない」
逃げようと身を捩るも、今度は両手首を掴まれて動けなくなる。
切り付けられた左の二の腕が、ズキリと痛んだ。
「……く、んぅっ……」
重ねられた唇の狭間から侵入してきた舌が、ぞろりとハルの歯列を辿って行く。
ゾクゾクと背筋を掛ける痺れが、ハルから次第に力を奪ってしまう。
濡れた雲雀の衣に抱きしめられる形になり、ハルの襦袢もまたじわじわと水気を吸い取って重くなる。
やや冷たい雨風が首筋へと吹き付けられ、其処で漸く今自分達が居る場所を思い出す。
そうだ、此処は室内では無い。
完全なる吹き抜けの縁側なのだ。
もし誰かが縁側の端にでも足を踏み入れれば、此方の姿は確実に丸見えになってしまう。
広い屋敷ではあるが、雲雀の性格からして此処に詰めている人間の数は少ないだろう。
けれど何時人がやって来るかも解らない。
特に、雲雀の立場を考えれば、何時緊急事態が起こってもおかしくは無いのだ。
「やっ…ひば、待って下さい!お願…します、から」
雲雀は突如として猛然と抵抗を始めたハルを煩そうに見遣り、しかしその理由に直ぐに辿り着いたのか、小さく口元に笑みを浮かべた。
「何?」
「何じゃなくて!これ以上は…ちょっと」
「ちょっと?」
「…や、です」
今にも消え入りそうな声で俯くハルに、雲雀の目が薄っすらと細められる。
「ふぅん」
その一言で済ませると、雲雀は今度はハルの項に唇を寄せた。
「はひ!?…雲雀さっ、止めてくれるんじゃないんですか!」
「誰もそんな事言ってないと思うけど」
「そ、それはそうですけど…。でも、こんなとこでっ」
襦袢の合わせ目から、スルリと雲雀の指先が侵入して来る。
「僕は気にしない」
今尚冷たい目と同じく、氷の様な温度を宿した手が、ハルの肌に直に触れる。
火照り始めていた体温を一瞬にして掻き消してしまいそうなその手は、しかし胸元へと移動するにつれて徐々に温められて行った。
つまりはそれだけハルの体温が上昇しているという事なのだが、そんな事にも気付けない程、ハルは焦っていた。
「雲雀さ…、本当に嫌、なん…ですっ」
胸の先端を指先が掠めた瞬間、ビクリとハルの肩が揺れる。
「嫌?」
親指と人差し指で先端を弄り回され、息が途切れ途切れになる相手に、雲雀の笑みが深みを増した。
「此処をこんなに硬くしておいて?本当に、嫌?」
執拗な問いかけに、ハルは俯く。
それでも雲雀の指先は動きを止めない。
掌全体で乳房を包み込み、わざとゆっくり時間を掛けて先端を弄ぶ。
その度にビクリと反応を示す、ハルの身体を楽しんでいる様だ。
俯くハルの唇から熱い吐息が零れる。
じわじわと身体を侵食していく、耐え難い熱と必死で戦うその様子に、しかし雲雀は容赦しなかった。
「ひゃっ…?」
首筋に這わされた生暖かいヌルリとした感触に、ハルは思わず顔を上げてしまう。
見えたのは雲雀の肩、そして視界の端で見え隠れしている髪先。
まるで其処だけ火傷でもしたかの様な、そんな錯覚を覚える自分の首筋にハルは戸惑った。
痛みを伴うキスマークが残されている事は明白で、それを施した張本人を揺れる眼差しで見つめる。
「どうして、怒ってるのですか…?」
熱味がかったその視線に、雲雀の片眉がピクリと上がる。
「どうして?」
本当に解らないのかと言いたげな口調で、雲雀は先端を弄ぶ指先に力を込める。
摘み取られてしまいそうなその痛みに小さく呻くと、ハルは頭を小さく振った。
「本当に解らないのかい?」
「ハルが、雲雀さんの邪魔をしたからでしょうか…」
ポツリと漏らされた言葉に、小さな溜息が重なった。
「それもあるね」
「それも…?という事は、他にも何かあ…」
「もういい。黙って」
雲雀の手がハルの肩を押さえつけると、ハルの身体は簡単に障子の傍に倒れ込んだ。
上半身は畳の間、下半身は縁側の上にあるという形で、仰向けになったままハルは雲雀の顔を見上げる。
再び、雲雀の指先がハルの襦袢に掛かる。
下肢の合わせ目からゆっくりと侵入した手が、熱く火照っている太腿を撫で上げ更に奥へと忍び込む。
襦袢の下には何も身に着けていないせいで、雲雀の指は簡単に、奥にひっそりと息づいていた秘所へと辿り着く。
既に微かに湿り気を帯びていた上部の尖りへと指の腹を擦り付けると、そのままゆるゆると上下に動かす。
何時もよりやや性急な愛撫に、しかしハルの身体はしっかりと反応していた。
「…ひ、ぅ……あっ」
指が動かされる度に、秘所からはどんどんと蜜が溢れ出し、内股までもを濡らす勢いで雲雀の指の動きを滑らかにする。
指を差し入れた訳でも無いのに、先程から引っ切り無しに濡れた音が聞こえている。
如何にハルの秘所が勝手に収縮を繰り返しているのか、雲雀を求めているのかが解ろうというものだ。
「相変わらず淫乱だね…」
「…は、ひっ。は、ハルは淫乱じゃ…」
「嘘つき」
クスリと小さな笑い声を漏らし、雲雀は濡れた指先を軽く舐め取った。
ジワと口中に広がる甘い体液を舌の上でじっくり味わうと、改めてハルに覆い被さる。
己の下肢を寛げると、既に勃ち上がっている自身が現れる。
慣らす事もせず入り口にあてがうと、目に見えてハルの顔が怯んだ。
「え…?」
「仕置きだよ」
言うなり雲雀は前のめりに体重を掛けて行った。
未だ閉じていた割れ目を無理矢理抉じ開ける様に、自身をゆっくりと突き入れていく。
「ひ、ぁ…っ」
何度か開通した筈の其処は、しかしなかなか慣れる事は無く、毎回の様に雲雀を押し戻そうと蠢いていた。
普段はもう少し時間を掛けて解すのだが、今のこの行為は言葉通り仕置きの意味も含んでいる。
容赦無くじりじりと自身を捻じ込み、ハルの苦痛に歪む顔に短く息を吐く。
今にも零れそうなぐらい、目の淵に涙を滲ませたその姿に、ゾクリと雲雀の背筋を歓喜の痺れが襲う。
堪らないその表情に顔を寄せ、息を止めるぐらいの深い口付けを落とした。
「ぃ、た…痛い、です。ひば…っ」
ハルの言葉が終わらない内に腰を動かし、久方振りの滑る膣内を楽しむ。
「言ったでしょ、仕置きだって」
「ゃあっ」
ズンと奥を一度突かれて、ハルの口から嬌声が飛び出る。
「我慢しなよ。直ぐに気持ち良くなるんだから…」
「そ、んな…っぁ、あっ」
雲雀の手がハルの太腿を抱え上げ、グチュグチュと態と厭らしい音を立てて責め苛む。
「ほら、もう堕ちた」
細められた目がハルの首筋に注がれ、次いで痕が色濃く残る程の口付けを施される。
「だ、…って……ふぁ、あっ。あ、ぅっ、んあ」
挿入された直後は痛みしかなかった秘所は、雲雀自身で内壁を擦り上げられる度に、じくじくと何かを引き出される、そんな快楽の痛みへとすり替わってしまった。
奥を突かれる毎に、はしたなくも更なる悦びを求めて雲雀を締め付けてしまう。
もっともっと、と声無き願望が悲鳴にとって代わる。
「あ、あっ。あん、あっ…ひ、ば」
「何…」
応える雲雀もまた、荒い息を洩らしては更に乱暴にハルの身体を揺さぶる。
ガクガクと痙攣するハルの太腿をしっかりと支え、腰を打ち付ける度に互いの下肢を濡らす愛液に、唇を軽く舐めた。
「ひゃ、ぅっ…も、もう……っ、あぁっぅ」
チュク、と水音を立ててハルの膣内が雲雀の根元をきつく咥え込む。
そのままギュウと締め付ける内壁に合わせて、子宮の入り口まで抉じ開ける勢いで奥壁を突いた。
「ひ…あぁああぁっ」
畳の上に散った髪の毛を振り乱し、ハルは絶頂に達した。
「…っ」
今までよりも強い締め付けに、雲雀自身からも奔流が迸る。
ドクン、ドクンと内壁に強い刺激を与えながら、断続的送り出される白濁液が膣内を犯して行く。
「…ぃ、た…」
射精しても未だ収まりそうに無い自身を抜き取ると、ハルの身体がビクリと揺れる。
腹部に視線を遣ると、先程の行為のせいで傷口が開いてしまったらしく、其処は赤い染みが出来ていた。
更に、曝け出された白い下肢の合間から、トロリと流れ出た雲雀の精液が縁側の板の間を汚している。
快楽の余韻に浸っている様な、ぼうっとした表情のハルの背中に手を差し入れ、軽く抱え上げると布団まで運んだ。
「ひば…」
「君はもう余計な事をしないで」
ピシャリと言われた台詞の意味が解らず、ハルは首を傾げた。
「はひ…?」
「自分の事は自分で何とかする。だから君は手を出すな」
布団に下ろされると、言葉とは裏腹に優しい手つきで髪を撫でられる。
どうやら眠れと言いたいらしい。
「はひ…すみません」
怪我の原因の事かと、ハルは項垂れると瞳を閉じた。
「守るべき人間に守られるなんて、それこそ本末転倒もいい所だ。冗談じゃない」
小さく囁かれた言葉に、驚いて瞼を開けようとする。
が、それより先に雲雀の手がハルの目を覆った。
「後で身体を清めるから、それまで寝てなよ。…もし起きていたら、もう一度やるよ」
「…寝てます」
ハルは即座に大人しく従う事を承知した。
そっと手の平が外されると、暗かった瞼の裏が微かに明るくなる。
あやす様に雲雀の手がハルの頭をポンと撫で、静かな足音を残して室内から出て行った。
閉められた障子の向こうからは、相変わらず雨の音が響いている。
頭に染み入るその音に誘われ、身体の疲れも相まってハルの意識は次第に眠りの底へと落ちて行った。







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