待ち人来たりて王子様
変な人だ。
でも何故か目を惹きつける、彼はそんな雰囲気を持っていた。
「なんか用ー?」
相手が振り返って初めて、ハルは何時の間にか自分が相手の後ろについて歩いていた事に気付いた。
「はひっ!?」
顔を覗き込まれると、慌てて相手から数歩離れた位置へと下がる。
「しっつれーな。あんたがオレの後ついてきてたんじゃん?」
そう言いながらも相手は、気分を害した風もなく歯を見せて笑った。
頭にティアラを被った青年の目は、髪に隠れて此方からは見えない。
金髪のいかにも外人といった風体なのに、日本語が上手だった。
「すみません、つい…気になって」
「ん。気になったって?」
ハルは青年の頭にあるティアラへチラリと視線を向ける。
「それ、綺麗ですねー」
本当はもっと違う事が言いたかったのだが、流石のハルも初対面の人間に向かって「変ですね」とは言えなかった。
「しし、あんがと。これオレのトレードマークみたいなもんだからさ、外せないんだよね」
青年は自分のティアラを示し、嬉しそうに笑った。
人の好い笑顔に、自然とハルの警戒心も解け相手へと歩み寄る。
「触っちゃ駄目、ですか?」
恐る恐る相手へ尋ねると、青年は「いーよ」と身を屈めてくれた。
そろそろとティアラへと触れてみる。
冷たい感触に驚くも、その輝きは青年の髪に映えていた。
それ程派手ではないティアラは、この青年によく似合っている。
衣装が一般的なものでなく、例えば何処かの国の高貴な人々が着る様なものであれば、まるで王子様の様だ。
「有難う御座いました〜」
満足して手を離すと、青年は屈めていた身を起こす。
「ん」
「ティアラなんて初めて見ちゃいました。本物ですか?」
「とーぜん。王子がパチもんつけてちゃマズイっしょ」
「はひ?」
今のは聞き間違えだろうか。
確か、王子がどうのと聞こえた気がしたが…。
いや確かに王子様の様だとは思いはしたけれど、まさかそんな。
「信じられない?」
「え!?あ、いやその…」
「ま、信じないならそれでもいーけどね」
「すみません。ハル、王子様も初めて見るので…」
ゴニョゴニョと言葉を濁してみるも、どうにも信じられない。
それもそのはず、仮にも一国の王子がこんな所で一人うろうろしてる等、誰が考えつくだろうか。
「ハル?あんた、ハルって名前なんだ?」
「あ、はい。三浦ハルって言います」
青年は微かに驚いた表情を浮かべている。
と、突然クククと喉を鳴らして笑い出した。
何がそんなにおかしいのか見当もつかないハルは、キョトンとした表情を浮かべて青年を見上げる。
「いやー、まさかあんたがそうだったとはな。オレはベルフェゴール。どーぞ宜しく」
「ベルさんですか。此方こそ宜しくです!」
訳が解らないながらも、挨拶をされれば反射的に挨拶を返す。
幼い頃からそういった礼儀は徹底的に身についていた。
ハルが差し出した手をベルは握り返すと思いきや、その手を引っ張って頬にキスをした。
「ひゃっ!?」
慌てて相手の手を振り解くも、ベルフェゴールの飄々とした態度に、そういえば外国ではキスは挨拶みたいなものだったと思い出す。
顔を赤くして此方を見ているハルに、青年はニッと笑った。
「そんじゃ、オレはちっと用事があるからまたね。バイビ」
「あ、はい」
唐突に青年は身を翻すと去って行った。
その後姿に、もしかすると青年ではなく少年だったのかもしれないと、ハルは思い直した。
背丈が獄寺と左程変わらない様に思えたからだ。
またねと言われても互いの名前を名乗っただけ。
恐らくもう会うことはないだろう。
そうは思っても、知り合いが増えるというのは楽しい事だとハルは嬉しくなった。
ベルフェゴールは路地裏に転がる二つの死体を見下ろしていた。
斜め後ろにいるマーモンが溜息を吐いているのが聞こえる。
「この死体どうするんだか」
「シラネ。放っておきゃ、その内誰かが片付けんだろー?」
ナイフを仕舞いながら、ベルフェゴールは小さな赤ん坊を振り返った。
常に黒いマントを羽織り決して顔を見せない相手に向き直ると、ニィと笑ってみせる。
「今日は大丈夫なんだろうね」
「誰に向かって言ってんの。王子が負けるわけないじゃん」
死体を片足で蹴りあげると、地に伏せていた身体はゴロンと仰向けに反転する。
その顔を見遣りながらも、ベルフェゴールの脳裏には先程出会ったばかりの少女の顔が浮かんでいた。
「まっさか、こんなところで奴らの関係者に会うとはね…」
「何か言ったかい?」
「いんや、何でもね。さって、そろそろ戻るか」
ぐぐっと背伸びしながら、ベルフェゴールはマーモンと連れ立ってその場を後にした。
ベルフェゴールとハル。
二人はその後、再び出会う事になる。