知るもの
雲雀恭弥。
三浦ハル。
二人は同じファミリーのメンバーとして知られている。
それ以上の関係でもそれ以下の関係でもなかった。
常に一人で行動する事を好む雲雀。
常に仲間と共に居る事を好むハル。
全く正反対の環境にいる二人は、ファミリーのボスである沢田綱吉によって出会った。
改めて互いを紹介されたのは、初めて会ってから十数年後。
ファミリーの会合パーティにて。
「ツナさん、今日のパーティ楽しみですね」
今やツナの秘書となっているハルは、大量の書類を抱えた状態のまま綱吉の後を追い掛ける。
お互いに背丈も伸び、外見内面共に大人びた風貌になっていた。
それでも、その性格は昔と余り変わっていない様に思われる。
「うん、今日はもうこれで仕事も片付いたし」
綱吉は頷き、ハルの手から書類を全て取り上げる。
「後はオレが片しておくよ。ハルも、そろそろ準備してきたら?」
この場合の準備とは、パーティの準備ではなくドレスアップの方の事である。
「はい!それじゃ、失礼しますね」
綱吉の好意を有難く受け取ると、ハルは自室へと向かった。
特に仲の良いメンバーはもう十年近く一緒にいるが、ファミリー全体が集うのはこれが初めてだ 。
まだ顔を合わせた事のない者も、今日は必ず集まると聞いている。
日本を出てイタリアに本拠地を構えてからというもの、ファミリーの人数は日に日に増していった。
今では相当な人数になっている。
「本当に、楽しみです」
嬉し気に顔を綻ばせると、ハルは以前から用意しておいた衣装を手に取る。
そんなに豪奢な衣装ではないが、今日という特別な日の為に買っておいたものだ。
鏡の前で衣装を掲げ、クルリと回転してみる。
ヒラリと、裾に施されたレースが舞う様に心が躍る。
淡いオレンジ色を基調として作られた衣装を抱え、鏡の前でハルは支度を始めた。
「はひ…凄い豪勢です」
パーティ会場に足を踏み入れたハルは、ポカンとした顔をそのまま晒して辺りを見渡した。
会場の中は想像以上の人が集まり、各々お喋りに興じたり、食事をしたり、踊ったりしている。
驚きの余り思わず、公人では出さない様にしていた口癖も口から飛び出してしまった。
「お、ハル」
不意に背後から声が掛けられ、其方を振り向くと山本が皿を片手に立っていた。
「久しぶりだな」
「はい、山本さんもお元気そうで!お仕事は終わったんですか?」
山本はつい最近まで日本に戻っていたはずだ。
日本の情勢が最近不安定になってきているのを調査しに出たのが約二週間前。
「まぁな。なんか厄介な連中がうろついてたから、正確にはまだ終わっちゃいねぇんだが…まぁ、仕事の話はまた今度にしようぜ。今日はせっかくのパーティだ」
「それもそうですね。…あ、それ美味しそう!」
山本の持つ皿に乗せられたデザート類を見て、ハルは思わず覗き込んでしまった。
真っ白な皿の上でプルンと光る、薄い紅色の透明なゼリー。
チェリーか苺味か…。
甘味大好きなハルは、思わず喉がなった。
「あっちに腐る程盛られてたぜ。あー…っと、忘れてた。ツナが探してたみたいだから、後で行ってやれよ」
「はい、それじゃ先に行ってきます!」
山本に教えられたゼリーのある方角をしっかりと確認してから、ハルは再び会場内をうろつき始めた。
綱吉の姿は直ぐに見つかった。
何せ、このパーティの主役その人である。
人だかりが出来ている方へと行けば済む事だ。
ただ奇妙なのは、その人だかりがドーナツ状になっていた事だった。
綱吉を空洞の箇所に例えるなら、周囲に群がる人々が輪の部分。
つまり人々は綱吉から少し距離を取っていた。
「あ…」
それもそのはず、其処にいたのは綱吉だけではなかった。
もう一人、漆黒の衣装で身を固めた青年の姿がある。
綱吉は楽しそうに談笑しているが、彼の方は余り楽しそうに見えない。
元々群れる事が嫌いな人だから、さぞかし周囲の人々を咬み殺したく思っているだろう。
雲雀恭弥。
秘書という立場上、名前とその存在は知っていたが、こうして本人をしっかりと見るのはそれ程多くはない。
ましてやきちんと会話した事等、それこそ数える程しかない。
「ハル!こっちこっち」
気付けばハルもまたドーナツの輪っか部分で眺めている一人となっていたが、綱吉が手招きするのを見て近付いて行く。
雲雀の表情は変わらない。
何を考えているのか全く解らないが、相変わらず鋭い眼光を周囲へと送っている。
綱吉の傍に立った時、それが初めて此方を向いた。
「お互いにもう顔と名前ぐらいは知ってると思うけど…一応ちゃんと紹介するね。ヒバリさん。この人がオレの秘書、三浦ハル。ハル、この人が雲雀恭弥さんだよ」
「子供の日の人ですね!」
笑顔全開でハルは頷く。
綱吉の顔が固まった。
「………」
雲雀は目を細め、口元に薄い笑みを浮かべた。
「良く覚えてたね」
その口調は一見は穏やかに聞こえるが、彼の心情もそうだとは限らない。
何せ笑顔のまま、人をトンファーで滅多打ちにする人物である。
「はい!以前インタビューさせて頂いた時、余りにも印象に残っていたので」
にこにことハルは更に恐ろしい事を口にする。
綱吉は青ざめた。
もう十数年前の事だ。
ハルハルインタビューなるものをハルは定期的に実行していて、あろうことか雲雀にも突撃していったのだ。
それを聞いた綱吉は、恐れ知らずな少女の安否を気遣い駆けつけたのだが、ハルは何と雲雀のいる応接室で爆笑していた。
「あれは本当に肝が冷えたよ…」
当時を思い出し、小さく呟く綱吉にハルはきょとんとしている。
そうしていると、とても二十代半ばには見えない。
「ツナさん何か言いましたか?」
「あ、ううん。気にしないで」
苦笑と共に過去を打ち消し、綱吉は首をゆるりと振った。
「もう用はすんだかい?」
すぐにでも帰りたいといった顔で、雲雀が腕組みをして此方を見ている。
「あ、うん。これで主なメンバーは全員。今日は来てくれて有難う」
「別に」
そっけない態度で雲雀は踵を返すと、あっという間に会場から消えて行った。
それを境にドーナツ状態だった人々が、わらわらと綱吉の傍へと寄って来る。
「それじゃ、ハルもこれで失礼しますね」
ハルの視線が皿に大盛りされたゼリーへと向いていたので、可笑しそうに綱吉は笑って頷いた。
あっという間に人に囲まれた綱吉から離れると、ハルは一直線にゼリーの元へと赴こうとする。
が、ふとハイヒールが何かを踏ん付けて立ち止まった。
ゴリ、と妙に嫌な音が足元で鈍く響く。
「あれ?これって…」
慌てて足元を覗き込むと、其処にはボンゴレファミリー特有のリングが落ちていた。
この形は、確か…。
「雲、のリング」
雲雀の名前と同じ漢字を持つリングだ。
全部で7つあるボンゴレリングの内の一つで、これを持つ者はボンゴレファミリーのボスである綱吉を守護する役目を与えられている。
その証とも言える指輪が何故此処に。
「ヒバリさん、何でこんな大事な物を落として行くんですかー!」
ハルは思わず頭を抱えた。
勢い込んで立ち上がると、雲雀の後を追って会場を抜け出す。
今ならまだ追いつけるかもしれない。
ドレスにハイヒールという井出達にも関わらず、ハルは全力疾走で廊下を駆け抜けた。
ボンゴレの屋敷は広い。
日本にいた頃のハルには想像もつかないぐらい広い。
そこを全力で走っているのだから、既に出口近くまで来ていた雲雀に追いついた時にはもう、息が切れて今にも倒れそうだった。
「何か用?」
ゼェゼェと喉を鳴らすハルを見下ろし、雲雀は冷たく言い放った。
「用…じゃな、いですよ!ヒバリさんっ、これ、落としたでしょう!」
息も絶え絶えな状態ではあるが、叫ぶ様にして言葉を繰り出すと、手にしていたリングを相手へと差し出す。
「いらない。君が持ってれば?」
「はひっ…!いらないって貴方、これ大事な物でしょう!」
漸く呼吸を整えたハルは、受け取ろうともしない雲雀に食ってかかる。
「僕にとってはどうでも良いものだからね。欲しいならあげるよ。いらないなら捨てて」
「そんな!駄目です、これはヒバリさんのリングなんですから!!ちゃんと持ってて下さい!」
無理矢理に雲雀の手を取ると、其処へ雲のリングを押し込む。
両手で雲雀の手を包みしっかりとリングを握らせると、ハルは安心した様にその場にしゃがみ込んでしまった。
「煩いな…。そんなに叫んでばっかで疲れないの?」
「だって、ボンゴレリングですから。ハルにだって、それが凄く大切なものだって事ぐらい解ります」
「ふぅん」
「物凄く美味しそうなゼリーを後回しにしてまで来たんですから、受け取って貰わないと困ります!」
まるで子供の様に頬を膨らませて自分を見上げてくるハルの姿に、雲雀は面倒くさそうにリングをスーツのポケットへ投げ入れた。
「はぁ…。良かったぁ」
その様子を見届け、安堵の溜息を吐く。
用事は済んだので、会場に戻ってゼリーを食べようと足に力を込める――が、何故か足が動かない。
「………」
結構な距離を全力疾走したせいか、足が震えて上手く力が入らないのだ。
「もう用はないね」
疑問ではなく確定で言い切ると、雲雀はハルに背を向けて歩き出そうとする。
「あっ、ま、待って下さいー!」
その足元にハルの両腕が伸びて絡みつく。
自然と、雲雀は転びそうになった。
「今度は何」
不機嫌そうな表情を隠そうともしない、眼光の鋭い目が向けられる。
「す、すみません!でも、ちょっと今置き去りにされるのは困るんです!!」
「何で」
「いや、その…。立てなくて」
「僕には関係ないよ」
「はひー、見捨てないで下さいー!」
雲雀は立ち去ろうとするが、ハルも負けていられない。
こんな場所に一人座り込んだままは流石に恥ずかしい。
廊下の至る所に護衛の者はついているが、そこまで助けを求めて這うのも更に恥ずかしい。
気を抜けば振り解かれそうになる両手にますます力を込め、必死で雲雀の足にしがみつく。
「咬み殺されたいの?」
殺気を帯びた声に、けれど両手を離す事はしない。
「殺されるのは嫌です!でも、此処で放っておかれるのも嫌ですー!!」
「本当に、君は煩いね…」
突然、ハルの身体が宙に浮いた。
「はひっ?」
「それ以上煩くすると、このまま落とすから」
雲雀はハルを横抱きに抱えると、そのまま出口に向かって歩き出す。
状況が飲み込めず目を白黒させていたハルは、しかし屋敷の外に出た時点で我に返った。
「あ、ヒバリさん。出来れば会場に戻って――」
「……」
無言ではあるが地面へと放り出されそうな気配を察し、両腕を相手の首に巻きつけてそれを防ぐ。
そこから先はハルも無言を通した。
屋敷を守る護衛達が、僅かに目を見開いて此方を眺めているのを完全に黙殺したまま、雲雀は駐車場へと赴いた。
広大な庭の一角にあるその場所には、今や高級車がズラリと陳列している。
その中に一つだけ、普通より大き目なサイズの黒いバイクが停めてあった。
「ヒバ…」
「此処に放置されるのと、後ろに乗るのどっちが良い?」
「へ?」
「選ばせてあげるよ」
横抱きにされているせいで、不敵な笑みを浮かべた雲雀の顔が間近にある。
艶めいた意味での男関係の無いハルは、思わず固まってしまった。
「選ばないなら、このまま此処に置いていくよ」
返事がない事に焦れたのか、地面に下ろされそうになる。
「後ろでお願いします!」
慌ててそう答えたものの、実際に雲雀の運転するバイクへと乗せられたハルは首を捻ってしまった。
「あのぅ…」
「まだ何かあるの?」
「ハルの家、知ってるんですか?」
「知らないよ」
「!」
バイクは既に屋敷の敷地を抜け、公道を走り出している。
「それじゃ、一体何処に向かってるんですか!」
「僕の家」
「はひっ…!ヒバリさんの家に向かうなら、ハルはどうすれば良いんですか!!」
「さぁ?」
どうでも良いと言わんばかりの態度に、ハルは目の前が暗くなるのを感じた。