今日をかぎりの命ともがな2
心臓が凍りついた様だった。
間近に顔を寄せる青年の顔から視線を逸らせない。
「怖い?」
だから疑問を投げ掛けられても、ハルには応える事は出来なかった。
呼吸すら儘ならぬ状況の中で、互いに見詰め合う。
青年の目は相変わらず前髪に隠されて見えないが、それでも視線が絡み合っているのが嫌でも感じられた。
「でもざーんねん。オレ、フェミニストじゃねーからさ。やめてあげらんないんだよね」
唇同士が触れ合う、その手前ギリギリの距離を保ち、青年は喋り続ける。
「…ゃ、…」
漸くハルの口から零れた声は、言葉にならずに途中で霧散してしまう。
目の前の青年の気配に、どうしようもない恐怖感で満たされる。
カチカチと、今更になって唇から震えが来た。
それは段々と、歯の根が合わないぐらい激しくなって行く。
「すっげ、ゾクゾクしてくんだけど。ね、もう我慢出来ないから食っちゃって良い?」
は、と一度吐き出された青年の呼吸が、酷く熱いのが解った。
その瞬間、まるで虚無の中に取り込まれる様な錯覚がハルを襲った。
このままではいけない!
「いやあぁっ」
思い切り頭を仰け反らせ、反動を利用して相手に頭突きを食らわす。
両手両足を塞がれている今、攻撃出来る部分は頭ぐらいしかなかった。
しかし、青年はそんなハルの行動を予想していたかの様に、僅かに身を離してかわしてしまう。
「しししっ。惜しかったねー。後もうちょい早かったら当たってたかもしんねーけど、オレ天才だからさ。あんたがどう動くのか、結構解っちゃうんだよね」
ニィと笑いに歪められた口元は、しかし次の瞬間腕の痛みと共に激変した。
ジャラリ、と床と擦れ合った鎖が音を立てる。
「…ぅあっ」
ギリギリと肘を締め付けられ、ハルは短く悲鳴を上げた。
その声にうっとりする様な微笑みを浮かべ、青年は下敷きにしている顔を覗き込んだ。
「イイ声で鳴くんだ…。もっと聞かせてくんない?」
言われるなり、肘への圧迫感が増す。
砕けるのではないかと思うぐらいの痛みに、ハルの口は絶叫に開かれた。
「ん」
堪えきれない涙をボロボロと流すハルの顔に、青年は僅かに熱が集まりだした腰を相手の脚へと押し付ける。
「…っ!」
太股に当たる硬い感触に、ハルの顔が今までにないぐらい強張った。
それが何か解らない程、ハルも幼くはない。
「や、…いやですっ!」
無駄だと解ってはいても、反射的に身体が自由を求めて暴れだした。
この際、腕が砕けようが千切れようが構わないという気迫で、ハルは青年の下で必死にもがく。
そんな少女の努力を嘲笑うかの様に、青年はますます腰を押し付けて反応を楽しんでいる。
自分からはどうせ逃げられないのだと言わんばかりに、青年は笑いながら見下ろしてくる。
実際、絶対に逃がさない自信が青年にはあった。
「お願いです、やめて…」
どんなに暴れても自由にならない身体に、ハルは青年に向かって懇願した。
太股に当たる感触が、更に硬度を増したのが解る。
「さっきも言ったじゃん?無理だってさ」
うししと声を上げて笑うと、青年はいきなりハルに口付けた。
突然口中に入って来た、自分のものではない滑りに、ハルは目を見開く。
眼前の顔が近すぎてブレて見える。
逃げようとする舌を絡められ、今自分が何をされているのかを悟った。
ガリッ
意識するより早く、歯が勝手に相手の舌を噛んでいた。
それすらも予測していたのか、青年は大した深手を負わずして舌を引っ込める。
それでも多少は傷ついた様で、ハルの口中に鉄の味が広がった。
「…はっ、ぁはは」
滲み出した血を床へと吐き出し、青年は突然笑い出した。
今までも笑ってはいたが、今の笑いは何処かが妙だ。
まるで突然精神を病んでしまったかの様な、奇妙に壊れた笑いだった。
「ハール」
ズイと顔を近づけられ、ハルは其処に狂気を見た。
してはいけない事をしてしまったのだと、今更ながらに気付いても時既に遅し。
ベロリと頬を舐め上げられても、今度は悲鳴すら出なかった。
先程まで感じていた、恐怖なんてものでは済まされない、戦慄の感覚がハルの身体を縛る。
「あ、あぁ…」
突っ張るはずの腕が動かず、閉じるはずの脚も開いたまま。
無防備な空間に青年の身体が入り込み、更に両脚を広げられても、ハルは抵抗が出来なかった。
金縛り状態のハルに出来る事は、ただ青年の顔を見る事だけ。
「あーぁ、優しくしてあげよーと。…してた、んだけどなー」
流れた血が少量だった為か、ギリギリのラインで正気を保てている青年は、流れ込んで来るもう一つの凶暴性の増した意識に己を融合させていく。
最早逃げる意思すら持てないハルの太股に、青年の爪がギリと食い込んだ。
「いたっ…」
ビクリと片足を浮かせた瞬間を見計らい、青年は自分の肩へハルの片足を乗せてしまう。
上下に開かれた脚に、スカートが大きく捲れ上がる。
膝上までの長さしかない制服のスカートの下から現れた、真っ白な下着へと青年は指を這わせた。
突然割れ目を擽る様に辿られ、ハルの視線は自分の下半身へと向けられる。
割れ目の上部にある陰核に指先が辿り着くと、ハルは漸く動く様になった両手で相手の頭を押さえて制止しようと試みた。
しかしその前に、強く指を押し付けられてしまい、身体全体がその衝撃に跳ねる。
「あっ」
思ってもみなかった甘い声に、ハルは羞恥心で顔を燃え立たせた。
好きでもない相手だというのに、反応をしてしまう自分の身体に怒りがこみ上げる。
唇を噛み締めると、青年は不思議そうな表情を浮かべて此方を見る。
「なんで閉じちゃうの?」
返事をしようと迂闊に開こうものなら、即座に許せない声が出てしまうだろう。
それを理解しているハルは、ただ首を左右に激しく振る事で応えた。
「だーめ。オレに聞かせてよ。あいつにもまだ聞かせた事のない声をさぁ」
青年は酷く暗い笑みを浮かべて、ハルの耳元で低く囁く。
その音質に、今までとは全く違う響きを感じてハルは相手を見つめた。
「まだヤった事ないんでしょ」
しししっと酷く耳障りな笑い声を立てる相手に、ハルは眉を寄せる。
唇は開かない。
青年の指はまだ陰核を弄んでいる為、開くに開けないのだ。
「当ったり〜?」
青年の指に力が篭る。
ビリビリとした電流が身体を一直線に走り、くぐもった呻き声がハルの口から漏れる。
「意外に頑張るなぁ」
子供が不服を訴える様な声音で呟くと、青年は一度手を引っ込めた。
それに安堵する間もなく、今度はそれが上半身へと伸びてくる。
胸のリボンを毟る様に解かれ、次いでブラウスのボタンが勢い良く床へと散って行く。
見っとも無く肌蹴られた前に、ハルは顔を背ける。
最近購入したばかりの、白のレースが付いた下着を視界に入れない様に。
「こーいうとこも、あいつ見た事ないんだよね?」
あいつ、と力を込めて青年は言葉を紡ぐ。
まるでハルに思い出させようとでもしているかの様だ。
「何で、ヒバリさんの事知ってるんですか…っ」
快楽をつく刺激がなくなり、漸く唇を開放する。
ずっと噛み締めていたせいか、僅かに血が滲んでいた。
先程より朱色に染まったハルの唇に、青年は吸い寄せられる様に顔を寄せる。
舌先で傷ついた箇所をそっと撫で、血の味を堪能する様に目を閉じた。
ハルが逃げようとしても、顎を掴む強い力がそれを許さない。
「知ってるよ。前に一回、戦った事あるし。それに、おまえの恋人なんだから、知らないはずないじゃん」
くくっと喉奥で青年は笑うと、十分味わった血の味に瞼をゆっくりと開く。
少女と視線が絡むと、目を細めて胸に手を這わせる。
乳房の形を確かめる様に掌で軽く揉み、ピクリと喉を僅かに仰け反らせたハルの顔を眺める。
「オレ、あいつ嫌い」
下着の上から胸の先端を刺激しながら、青年はハルの目を覗き込んだ。
「だから諦めて?」
そう言って哂う青年の顔に、ハルは身を竦ませる事しか出来なかった。
戻る 3へ