今日をかぎりの命ともがな4
「っ!」
不意に自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、雲雀は即座に背後を振り返った。
しかし其処には誰もいない。
心寂しい路地裏の一角の奥の奥は、不良すら溜まらない程薄気味悪い空気が漂っている。
雲雀はそんな場所をただひたすら歩き回っていた。
ハルが姿を消して3日目。
彼女の父親が警察に捜索願を出して、既に2日が経過しようとしていた。
「………」
ただ通り風だけが吹き過ぎる最中、雲雀は虚空を睨み付ける。
今、確かにハルの声が聞こえたのだ。
空耳にしては、やけに切羽詰った声だった。
まるで助けを求めている様な、そんな感じの。
もう一度声が拾えないかどうか耳を済ませてみるも、それ以降は人の声は聞こえて来ない。
小さく舌打ちすると、雲雀は路地裏を駆け出した。
「ヒバリさん!」
それから程無くして、前方に人影が現れる。
鋭い一瞥を向けると、其処には綱吉を始めとする数名の人間が集まっていた。
「…何?今忙しいんだけど」
走る速度はやや緩めたものの、足を止める事なくそのまま群れの傍を通り過ぎようとする。
しかし、綱吉が発した次の台詞で、自然と身体が動かなくなる。
「ハルの情報が、掴めました…」
まるで足が地に張り付きでもしたかの様に、ピタリと綺麗に動きを止めた雲雀を、綱吉達は不安気に見守る。
綱吉の声は暗かった。
それが朗報ではない事を正確に物語っている。
実際、綱吉が持っている情報は、一度口を閉じてしまうとなかなか言い出せなくなる類の物だった。
それでも言わない訳にはいかない。
雲雀は誰よりも、ハルの情報を欲しがっている一人だ。
いや、その最上級と言って良いかもしれない。
ハルの父親以上に、雲雀はハルを探し続けているのだから。
この三日間、彼がろくに寝ていないのは明白で、その顔色も相当に青白くなっている。
今にも倒れそうな程に衰弱しているはずだというのに、その表情には鬼気迫るものがあった。
綱吉は息を呑むと、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
自分を睨みつけている雲雀に、事実を告げる為に。
「ハルは、誘拐されてます。それで多分、何処かに監禁されているんじゃないかと。目撃者はいませんが、その……犯人だと思われる人物の身内が、情報をくれたので…」
「犯人の名は?」
綱吉の言葉を遮って、雲雀は簡潔に尋ねた。
まどろっこしい説明は要らない。
犯人の名と、場所さえ解ればそれで良い。
後は、自分が出向けばそれで済む事だ。
雲雀のそんな考えを察し、綱吉は小さく頷いた。
「恐らく、ベルフェゴールじゃないかと思います」
綱吉がその名前を口にした途端、雲雀の纏う気配が一気に変わった。
凄まじいまでの怒りと憎悪が一気に吹き荒れた、とでも言えば良いだろうか。
その言葉ですら足りないぐらいの、純粋な殺意。
本気の意思を伴ったそれが、今の雲雀の思考を埋め尽くしている。
目の前が真っ赤に染まる幻覚を受け、雲雀は軽くよろめいた。
犯人がベルフェゴールだという可能性を考えなかった事はない。
寧ろ最有力候補だとすら思っていた。
けれど、思う傍から否定していたのも事実。
万一ベルフェゴールに囚われているのだとしたら、ハルの身の安全は完璧に保障出来ないからだ。
ギリリと歯を食い縛る音が、綱吉達の耳に届く。
何という失態だ。
可能性を考えていたにも関わらず、最悪の事柄を想定したくなくて、自ら遠ざける等と愚かな真似をするなんて。
「あっ、ヒバリさん!」
突如走り出した彼を止めようとするも、あっという間に雲雀の姿は路地裏から消えていた。
その目はただ前方だけを見据えており、既に綱吉達の姿を視界に入れてはいなかった。
「ツナ、俺達は俺達で動くぞ。犯人の目星はついても、肝心の居場所がまだ解ってねーんだ。急がないとヤバイ」
ポンと綱吉の肩に手を置いた山本が、焦りの混じった表情で告げる。
「うん、そうだね。…本当に、急がないと」
ベルフェゴールの可能性を示唆したのは、スクアーロだ。
彼に頼み込んで、ベルフェゴールの居場所も探って貰っているが、後どれぐらい時間が掛かる事か。
事は一刻を争う事態だ。
ぐずぐずしてはいられない。
今こうしている間にも、ハルの身の危機が迫っているに違いないのだから。
山本の言葉に全員が同意し、その場を後にする。
残ったのは、砂を微かに舞い上げる一陣の通り風のみだった。
「ん、やぁあっ」
腰が勢い良く打ち付けられる度に、ハルの口からは嬌声が溢れ出す。
「あ、ぁんっ、ぃや、やっ、あぁっ」
律動が繰り返されると、それに合わせて愛液がぐちゅぐちゅと擦れて響く。
最初は苦しかった動きも、今ではすっかりスムーズにベルフェゴールを受け入れていた。
ベルフェゴール自身にハルの膣内が慣れてきたおかげもあるのだろうが、何よりハルの身体が快感を感じ始めているのが原因だった。
元々が敏感な身体なので、性感帯を攻められていく内に下肢がどんどんと潤っていった。
「ふぅ、あっ。あ、あぁっ」
最初の頃は必死で抵抗していた身体は、今ではすっかりベルフェゴールの動きに合わせて自然と動き始めている。
雲雀に二度と会えないという絶望感が、ハルの思考を完全に麻痺させてしまっていた。
「ハル、気持ちいーの?」
ぐっと腰を押し付け、奥の壁をゴリゴリと己自身で刺激しながら、ベルフェゴールは笑った。
ひくひくと収縮される潤ったきつい膣内に、何度も達しそうになるのを堪え、背を僅かに丸めてハルを覗き込む。
目の端から、突き上げる動きに合わせて零れる涙を舐め取ると、ハルは何処か安心した様に目を細める。
「んぅ、あ、っん…」
先程まで痛がってばかりだった表情が、今では完全に快楽の虜となっている。
それを成したのが自分だという愉悦に、ベルフェゴールは征服欲を更に増大させた。
グン、と一際膨れた己自身に、我慢が効かなくなる。
ハルの頭の真横に両手を突くと、ラストスパートに備えて小さく息を整える。
「は、ぅ…っ?」
更に膣内を広げた異物感に、ハルは怯えた様に目の前の人物を見上げる。
「両手、オレの背中に回して。爪立ててもいーから、しっかり捕まってるんだぜ?」
唇にキスをしながら、小さく囁く。
その声に反応したハルは、今までベルフェゴールのシャツを掴んでいた手を離し、ゆっくりと背中へと回す。
重い鎖のせいで動きはかなりぎこちないものの、しっかりとしがみついてくる身体に、ベルフェゴールは一度頭を撫でてやった。
ここから先は、こんな風に安心させてやる余裕はない。
それどころか、ハルが怖がっても止めてやる事も出来ない。
「ん」
ハルの準備が整った頃合を見計らうと腕に力を込め、突如として今まで以上に激しい律動を開始した。
相手の快楽より自分の快楽を優先させる、寧ろ自分の快楽に相手を無理矢理巻き込む様な、そんな激しい突き上げをハルの膣内へと思い切りぶつける。
「きゃ、うぅっ!」
今までとは比べ物にならない摩擦感に、ハルは悲鳴に近い嬌声を上げた。
「あ、あっ、ああ、ぅあん。あ、っや、やだ、や、……っ!!」
過剰な快楽は、経験の浅い身体には恐怖しか与えない。
急激に上り詰めさせられる、目に見えない怪物にハルは身を縮こまらせた。
ただただ救いを求めて目の前の身体にしがみつく。
怖い。
まるで奈落に落ちていく様な感覚が、とても怖い。
逃れられない焦燥感が、じれったい感覚が、もどかしい気持ちが。
頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ひゃぅ、う、っあ、…こわい、こわ…っい、よっ」
奥を突かれる度に、身体が跳ねる。
とてつもなく早いスピードで、言い様の無い快楽が身体を支配していく。
「ぅ、ああ、あっ、たすけ…っ、ああ、あっ、あんっ!」
ビクビクと両脚が震え、ベルフェゴールの腰に纏わりつく。
無意識の行動ではあるが、それが限界だった。
一際強く奥を擦り上げられた瞬間、ハルは絶頂に達した。
「っ、あ、ふぁあああっ」
同時に膣内がベルフェゴール自身を締め上げる。
「…っ」
ベルフェゴールの動きが一瞬止まり、次いで膣内へと熱い迸りが注ぎ込まれた。
「あ……、…いま、の…?」
その正体が解らず、相手にしがみついたまま目を見開く。
ドク、ドクと何度か奔流が内壁に叩きつけられ、奥へと流れ込んで行く。
「ししっ、…一杯出ちゃった、ね」
荒い息の中、ベルフェゴールは低く笑ってハルの耳元で囁いた。
その言葉が頭の中で形を成す前に、急激にハルの視界は暗くなっていった。
恐怖と疲労と絶頂感と快楽と安堵、それら全てがハルを眠りの世界へと誘う。
未だ内に埋め込まれたままの熱い塊が、その形を再び膨張させていくのを感じながら、ハルは意識を完全に手放した。