ももしきや










大人というのはどんなものなのだろう。
きっと素敵な女性になっているに違いない、と想像してはみるけれど、どうしても20歳以上の自分というものがイメージ出来ない。
だからこそ背伸びをして、香水を付けてみたり、お化粧を覚えてみたりと色々学んで行くのだろうけれど。
好きな人の傍に居て、笑ったり怒ったり、けれど幸せになっているだろうなと考えたり。
最も、最後のは既に適ってしまっているから、想像等しなくても感じる事が出来る。
何せ、今もまさに一緒に居て、腕を組んで隣を歩いているのだから。




「ふふふ〜」
ハルの口から漏れた笑い声に、ディーノは不思議そうに其方を見た。
ご機嫌な彼女は、先程から笑顔全開のお喋りしっ放しの状態だ。
それが突然黙ったかと思うと、突然の不気味な笑い声である。
「どうした?」
「え?あぁ、いえ。ハッピーだなぁって感じてたところです」
「ハッピー?」
「はい、ディーノさんと一緒にこうしていられるのが」
ぎゅう、としがみつく様にして腕に力を込めるハルに、思わずディーノの口にも笑みが浮かんだ。
しかし次の瞬間彼は、大人の拳大もある石に蹴躓いた。
「おわっ…!」
「はひ!?」
大きくバランスを崩すも、ハルと腕を組んでいたおかげで、無様にすっ転ぶ事は何とか免れる。
「大丈夫ですか?」
両手でディーノを支えたまま、ハルは本日何度目かの言葉を口にした。
「す、すまん…」
そしてディーノもまた本日何度目かの同じ答えを返す。
「良いんですよー。おかげでディーノさんと堂々と腕組めますし。ディーノさんがデンジャーな時は、ハルがちゃんと助けてあげますから!」
「…普通、それはオレが言う台詞なんだけどな…」
苦笑いで感謝の意を述べ、ディーノは小さく息を吐いた。
今日は二人きりのデートな為、部下は一人も傍にいない。
だからこそ、先程から転んだりぶつかったりしっ放しだった。
「あー、格好悪ぃ」
「…?何言ってるんですか、ディーノさん程格好良い人もなかなかいませんよ?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな…」
「?」
「あー、気にしないでくれ。それより、だ。今日は何処に行きたいんだ?」
「はひ。えーっとですね…」
強引に話題を変えると、ハルは案外アッサリとそれに乗ってくれた。
何かを探しているのか、あちらこちらを見回す相手に、ディーノはホッと安堵する。
けれどそれも束の間の事で、ハルが嬉しそうに指差した場所を見るなり、彼は目を剥く事になった。
「あそこです!」
「…何処だ?」
「ほら、あの建物です。真っ白な」
「………」
ディーノは思わず黙り込む。
お日様も明るい空の下、にこやかに彼女が示した場所は、夜に栄える大人の為のホテルだった。
所謂、いかがわし〜い事をする場所である。
「………あそこ、なのか?」
「はい!スーパービューティフルな所だと聞きました!まさに薔薇色の世界が広がるとか何とか」
「……それ、誰に聞いたんだ?」
「ビアンキさんです」

毒サソリー!!

ディーノは心の中で、声を大にして叫んだ。
実際声に出せば、泣き声に近かったであろうぐらいに。




「はひー。凄い、全体がピンクです」
結局ハルに引き摺られる格好で、ディーノはラブホテルの一室を取っていた。
好奇心丸出しの眼差しでウロウロと部屋を見て回るハルに対し、ディーノの方は視線を床に落としたまま微動だに出来ないでいる。
迂闊にハルを見てしまえば、この異様な空気の中何をしてしまうか解らない自分が怖いせいだ。
「…はぁ」
片手で前髪をぐしゃりと丸め、両目を閉じる。
いずれは、という気持ちはある。
けれどそれは今ではなく、あくまでまだ先の予定だった。
何せ彼女は、まだ高校生になったばかりなのだ。
そんな相手に、キス以上の行為がディーノに出来るはずもない。
「ディーノさん?」
扉の前から一向に動こうとしない青年に、ハルの声が降りかかる。
何時もは可愛く思える声でも、今のディーノにとってはある意味恐ろしい魔力に満ちた代物だ。
耳を塞ぎたい心境だが、それが出来る程ディーノには余裕がなかった。
一刻も早くこの部屋から出ないといけない。
多少ハルの機嫌を損ねようとも、間違いを起こしてしまうよりはマシだ。
だからこそ目を開けるなり、ベッドに座っていたハルの腕を取ろうとしたのだが…。
「ハル――って、うわっ!?」
室外であれ室内であれ、部下が傍に居ない時のディーノはヘタレだった。
ベッドの端に足を引っ掛け、あろう事か少女の身体を押し倒す格好で転んでしまう。
すぐさま両手をベッドに着いたおかげで、ハルの身体を押し潰してしまう事態は何とか避けられたが、何時もより近い目線に、今の体勢がとてつもなくヤバイ状態に在る事に気付く。
「――っ!!」
反射的に飛び起きようとするが、きょとんとしたハルの顔に動けなくなる。
「はひ…?」
ハルが喋る度に動く唇に、自然と視線が釘付けになった。
彼女の声がやけに甘く聞こえて来るのは、自分の心臓が早鐘を打っているのと関係があるのだろうか。
「ディーノさん?」
不安も何も感じていないその表情に、視界がやけにクラクラとしてくる。
ハルの唇が、眼差しが、倒れた際にやや乱れた衣服が、それら全てが、ディーノの思考を麻痺させて行く。

あぁ、もう駄目だ。

僅かに開いた唇に口付けると、ディーノは最後まで粘っていた理性を放り出した。







戻る   2へ